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気ままなつぶやきです


by kibouh1

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よいお年を

年始は3日からアップします

by kibouh1 | 2018-12-27 11:08 | Comments(0)

三池藩の幕末は

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筑後3藩でも 勤王の志士や新撰組などに参加した人たちがいます。三池藩が新政府軍についたことは知りませんでした。興味深く読みました。

「幕末維新 翻弄される筑後3藩大名家

三池藩 主戦派から新政府へ

柳河藩 関東出兵に悩み書簡

久留米藩 血の粛正「殉難十勇士」

幕末維新史で一般に取り上げられやすいのは、九州の諸藩では、まず薩摩、佐賀である。一方、福岡は勤皇派の大量処分で知られ、小倉は領地が戦場となり城を焼いた。外様3藩があった現在の福岡県筑後地方はどうか。さらに影が薄い。 その筑後地方の各市で現在、幕末維新展が聞かれている。各展示からは、大河ドラマなどには出てこない 時代に翻弄された大名家の姿が見えてくる。

3藩のうち、政治の中枢にいたのが三池藩。現在の大牟田市の南半分と下手渡 (福島県伊達市)に領地を 所有していた。藩主の立花種恭は文久3(1863)年に若年寄として幕府の外交や財政を支え、王政復古後の慶応4(1868)110日、老中格兼会計総裁になる。大牟田市の三池カルタ・歴史資料館に展示中の「老中日記」には若年寄に就任した文矢39

から明治2(1869)1月までの出来事が記され、三池藩の動向だけなく、幕府側から見た幕末史の貴重な資料となっている。同館の梶原伸介館長によると、種恭は主戦論者だったが、幕府の中枢にいてさまざまな情報が集まるため、情勢判断に慎重になっていく。慶応421日 に幕閣を辞した後も家臣を上京させて情報収集に務め、翌月佐幕と新政府の間で揺れる領内沈静化のために下手渡に行った後、京都に戻り新政府側につく方針を固める。梶原さんは「日記から種恭が独自に判断した」とみる。三池藩が新政府側につくと、下手渡の陣

屋は同年8月に奥羽列藩同盟の攻撃を受け焼け落ちた。(以下略)20181120日西日本新聞」


by kibouh1 | 2018-12-26 06:09 | 歴史 | Comments(0)

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医療的ケアの人たちの実態調査がされたという。

「医療的ケア必要、歩ける人15% 県が初の実態調査 

寝たきり以外3割 重度者含め対応検討 [福岡県]

 在宅でたん吸引などの医療的ケア(医ケア)が必要な人たちを対象に県が本年度、初めて行った実態調査によると、約3割が寝たきりではないことが分かった。重い障害や難病ではない人も少なくないとみられ、一人で歩ける人も約15%いると判明。重度者向けの福祉サービスは比較的整っている半面、健常者と同じように元気な「歩ける医ケア児・者」への支援は制度のはざまで遅れており、県は重度者も含め本人や家族へのサポート策を早急に具体化する。(略)

 回答者のうち施設入所者の10人を除く282人に現在の体の状態などを聞いたところ、姿勢については「寝たきり」が185人(65・6%)だった半面、「自分で座れる」「つかまり立ちができる」「一人立ちできる」が計83人(29・4%)。移動に関しては「一人では移動できない」が195人(69・1%)と最も多かったものの、「一人歩きができる」も42人(14・9%)に上った。

 必要な医ケアはたん吸引が約7割、経管栄養も6割強。人工呼吸器を着けている人は4割近くいた。主な介助者は母親が最も多く約6割。たん吸引の頻度は1日(24時間)に12回以上と答えた人が4割を超えた。「利用しやすくなれば利用したいサービス」は短期入所が最多の約4割だった。

 医ケアが必要な人はこれまで、手足などの動きが不自由で物事を理解するのに遅れがある「重症心身障害児・者」に多いとみられてきたが、県は「そうした重度者ではない『歩ける医ケア児・者』が各地に一定程度いる」(担当者)と判断。医ケアに対応する短期入所施設はもともと重度者向けの法制度に基づいてサービスを行っていることなどから、重度でない場合は利用できないケースが多いため「重度者も含め、本人のケアで片時も離れられない家族らの負担を軽減する施策を充実させたい」としている。(以下略)=2018/12/15付 西日本新聞朝刊=」

ケアの負担が母親に集中していると言われます。これから成人期に入ります。長期的な視点での施策が求められているのではないか。


by kibouh1 | 2018-12-25 08:14 | 障害者 | Comments(0)

増税は個人消費を貶める

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いざなぎ景気越えだとか騒いでいますが、個人消費は低迷しています。景気回復と言うのは大企業だけではないか。増税するときには福祉のためにと言いながら結局は公共事業などバラまきです。

「消費税増税は福祉のため? 71

来年10月から消費税が10%になることに対し、さまざまなご意見が投稿されている。単に10%に上がるという話ではなく、軽減税率を導入するそうだ。が、私には全く理解不可能だ。同じ店で8%と10%に分けられるという。なぜそんなややこしいことをするのか。 税金は取りやすい所から取ると聞いたことがある。財政が逼迫していることは 私にも分かる。少子高齢化 で医療費、年金制度にもお金がかかり過ぎて日本は借金大国になった。 でも借金が増えたのは政治家たちにも責任がある。多すぎると言われながら国会議員を減らそうともしない。失言・暴言の人たち、 政治家としてふさわしくない人はやめてもらいたい。

消費税が上がる時、いつも「福祉のために使う」「多額の税滞納者について厳しい処置をとる」と一言われるが、どれくらい実行しているのか。私たちには何も見えてこない。」(20181115日西日本新聞)


by kibouh1 | 2018-12-24 06:55 | 経済 | Comments(0)

借金は増えるばかり

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新聞の投稿欄からです。

「繰り返す増税 借金は減らず 50

フランスのパリで燃料税増税反対のデモが暴徒化、商店などが大きな被害を受けている。暴力はあってはなりません。あくまでも言論によるべきです。ただ、デモという行為自体は民衆の政治的意思の表現手段であり、正当なものです。日本人は物分かりが良すぎるところがあると思いま す。政治の決定に対して抗議の声を上げることが少ないようです。消費税についてもそうです。 安倍首相が「10%への増 税は必要です。国民のみな さん、ご理解ください」と 言えば、みんなが「そうですね。財政再建が大事ですから」と納得する。

けれども、本当にそうでしょうか。これまで2度も消費税増税が行われました。しかし、国家の借金は増えるばかりです。無駄を省きもしないで、全てのつけを増税という形で国民に負担させる安倍首相の発想が間違っているのです。「安倍1強」でも大臣や官僚のように、国民は安倍首相に「絶対服従」する必要などさらさらないのです。」(20181218日西日本新聞)

悔しいのはアメリカから武器購入を求められればこれ幸いと乗っかっていくことです。当年度予算だけでなく次年度以降のつけ回しも莫大です。


by kibouh1 | 2018-12-23 06:15 | 経済 | Comments(0)

少年の夢

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2018119日西日本新聞の戦争体験記からです。

「終戦で消えた少年時代の夢   86

昭和16年に入ると、戦争が間近に迫っていることが私たち小学6年生の子どもも感じられた。山口県下関市と門司市(現北九州市)を隔てる関門海峡の両側の小高い山には、陸軍の要塞ができた。 3月に卒業し4月から中学ヘ進学する者、小学校卒業後、家業を継ぐ者と分 かれた。家事労働する者が少ないので地元工場、農業、 漁業する者が家を守る立場だった。

私は幸い兄3人が入隊前で中学ヘ進学できた。4月に入学するとミニ軍隊生活で、教育目標は職業軍人、幹部軍人養成所のようだった。基本教育は教育勅語で、軍人勅諭の教育生活だ

った。

粗衣粗食で体力と暗記力強化にまい進した。目標は高級軍人、高級役人である。苦しさに不満はなかった。理由も分からずに上級生に殴られるのは不平が出たが、毎日の生活目標があったので楽しかった。ところが、昭和20815日、敗戦国となり、私の少年時代の夢は消えた。幸か不幸か分からない。」

「波状爆撃 無残な犠牲者   88

かつて東洋一と言われた大刀洗には、飛行隊、第百部隊、憲兵隊、そして大刀洗製作所、同航空廠などの軍需工場が立ち並び、活況を呈した。このような中、昭和20327(1次〉 米軍のB29大編隊による波状爆撃に遭い、犠牲者は千人を超えたと聞く。この中には軍人、職工、女子挺身隊、学徒たちがいた。翌28日に現状を見た。まだ手つかずで、無残な犠牲者がゴロゴロ・・・地獄図というか筆舌に尽くしがたいものだった。一方、近くの立石国民学校生の下校中に爆弾が直撃し、31人の学童の爆死も見た。

このころ、米軍人捕虜が九州帝国大学(現九州大学)医学部において軍の命令による生体解剖事件もあった。戦争とはこのような敵、味方なく悲惨なものであることを後世に語り継ぎたい。」

「繰り上げ卒業、徴兵も前倒し 93

昭和16128日の大東亜(太平洋)戦争勃発後、173月卒業予定だった大学、専門学校および中等学校(商業、工業科)の学生、生徒に対し、1612月中の繰り止げ卒業が決まった。 当時、私は商業学校の生徒で、これに該当。12月下旬に繰り上げ卒業し翌17 1月に就職した。男子は数え年の20歳で徴兵検査を受け、約半年後、現役兵として徴兵され入隊となった。ところが、昭和19年から徴兵検査は1歳繰り上げられ数え年の19歳に。入隊条件も甲種および第一乙種合格に限られていたものが第二、第三乙種合格者まで拡大された。私の場合、昭和198月に徴兵検査を受け、第一乙種合格で101日、福岡部 隊に入隊となった。約2週間後、ソ満国境の牡丹江省東寧県老黒山ヘ。約2カ月後、部隊の南進に伴い台湾高雄南部海岸線防衛につき終戦を迎えた。

顧みれば、徴兵検査の1年繰り上げがなければ、軍隊経験せずに済んだだろう。」


by kibouh1 | 2018-12-22 06:59 | 平和を | Comments(0)

こんな医師が・・・


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「コラム 引退の医師に感謝 広島県 ヘルパー女性 63 20181211日読売新聞

 鼻が詰まり喉も痛くなったので近所の医院に行った。診察の後、待合室で目にしたのは「10月末日で診療を休みます」というお知らせだった。親子2代にわたり診療を続けてきた先生も83歳。引退されるようだ。

 7月末に亡くなった母の4年3か月の在宅介護で 看(み)取(と) りに寄り添い、いつも優しく見守ってくれた。注射の上手な看護師は時間外でも快く来てくれた。

 人口3500人足らずの過疎の町で、一つあかりが消えた思いだ。「長い間、ご苦労さまでした」と、心から言いたい。」

私が小さい頃は病気ばかりしていました。隣りの集落にしか診療所がなかったので訪問してもらうことも多かったですね。投稿のような医師とは思えませんでしたが・・・。


by kibouh1 | 2018-12-21 05:11 | 社会 | Comments(0)

制度設計の問題では

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マイナンバーの委託業務を請け負った会社が無断で再委託していたという。マイナンバーは安心だというが根拠はなくなった。懸念されたことが現実化した。制度設計の問題ではないか。

 ふるさと納税もまた同様だと思う。

「コラム デスク日記

 総務省が11月に発表したふるさと納税の返礼品に関する調査結果を見て驚いた。「寄付額の3割以下」「地場産品」の基準を守っていなかった自治体が、勤務する筑豊地区に六つもあり、福岡県内の半数以上を占めていたからだ。

 なぜ、基準は守られないのか。ある自治体職員は、人口減で税収が減る一方、福祉や医療にかかる費用は増えており「どこも財政が厳しい」と説明。続けて「本来は返礼品だけでなく、自分たちのファンを増やし寄付につなげる努力をすべきだと思う」と、少し申し訳なさそうに話した言葉に胸がちくりと痛んだ。

 昨年、初めてふるさと納税を利用した。ただ、寄付先は半ば返礼品で選んでしまった。「生まれ故郷はもちろん、お世話になった地域、これから応援したい地域にも力になれる」。ふるさと納税のこの意義を忘れ、返礼品の黒豚に目がくらんだ自分の行動にも問題があった、と反省した。 (田中良治)=2018/12/14付 西日本新聞朝刊=」


by kibouh1 | 2018-12-20 06:54 | 政治・行政 | Comments(0)

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新聞の投稿欄からです。

「命懸けの取材うれしい生還 89

今、私たちの国が平和であることは当然のことと思っている。しかし、いまだに戦争で苦しむ罪のない人たちがいるのだと、平和に感謝するのは安田純平氏のような命懸けの取材をする人のおかげである。 安田氏が銃を突きつけられ、テレビに向かって言わされた言葉、表情は鮮明に覚えている。生還されたことは大いにうれしい。公に、 また大きな組織の力で守ってもらえぬフリーであることの危険度は、裸で戦場に立っているようなものだ。誰でも命は惜しいが、自分が伝えなければ誰がするのだ、という使命感なるものの覚悟を強く感じる。 フリージャーナリスト後藤健二氏が過激派組織に殺された時、当時の自民党副総裁高村正彦氏が「真の勇気でなく蛮勇だ」と批判し、 オバマ米大統領は「勇敢にシリアの人々の苦しみを世界に伝えようとした」とコメントしたという。今の政治家に、彼らのような不退転の覚悟で、命懸けで政治に当たっている人がどのくらいいるであろうか、と考えさせられる。」(2018116日西日本新聞)

命がけの報道なければ戦争の実態は知ることができません。東日本大震災で原発事故のことも多くのフリージャーナリストによって伝えられました。新聞などは退避していました。自己責任論は大事な事実を見逃していないか。


by kibouh1 | 2018-12-19 06:47 | 支え合う社会に | Comments(0)

力の150年では

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有史以来明治まで日本は戦争とはほとんど関係しないできたという。白村江の戦い、秀吉の朝鮮半島への進出などしかないという。明治150年は日清・日露・日中・日米などが150年の間に繰り返されています。

「明治150

政府の自賛一辺倒懸念

日本女子大教授 成田龍一氏

「明治150年」を記念する政府の式典で安倍晋三首相が式辞を述べた。その内容は、西欧に比べ旧作に近代化を成し遂げたことを日本の特徴に挙げた上で、明治時代の豊かな人材によって土台がつくられたとした。一方で、少子高齢化、グローバリゼーションが急速に進む今日を危機的状況にあるとし、再びの結集を呼び掛けている。この国の歴史を称揚、自賛していると総括できるが、その一面性に危うさを感じる。

安倍氏は20158月に地元の山口市内で開かれた「内閣総理大臣を囲む会」で、明治50年の首相が寺内正毅、100年が佐藤栄作で共に山口県出身であることを紹介、150年を首相で迎えることに意欲を示した。翌年には内閣官房に「明治150年」関連施策推進室を設置している。今年の「年頭所感」でも「明治日本の新たな国づくりは、植民地支配の波がアジアに押し寄せる、その大きな危機感と共に、スタートしました」と述べている。歴代首相の中でも明治150年、維新への思い入れは強い。(以下略)」(2018114日西日本新聞)


by kibouh1 | 2018-12-18 06:03 | 歴史 | Comments(0)