気ままなつぶやきです


by kibouh1

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産むことの軽視か

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新聞の投稿欄からです。

「明日はわが身 迫られる備え  71

6日午前3時すぎ、枕元のラジオから緊急地震警報が流れ、目が覚めた。娘が住む北海道に激しい揺れが襲い、慌ててテレビをつけ た。9年前、結婚と同時に新築された2世帯住宅には家族6人が暮らす。さまざまな場面が想定され胸は早鐘を打つ。娘にメールすると、同時に娘からメールと電話。皆無事との声に胸をなでおろした。水道とガスは通じても電気の復旧に2日間要し、冷蔵庫内の食品をかなり処分したとか。10日には小学校も認定こども園も再開し給食も12日から普通に戻ったそうだ。落ち着いた生活に戻りつつあるようだが、綱渡りの電気事情。余震を思うと気が抜けない。北海道地震では40人を超える方が犠牲に

なり、先の見えない避難生活を強いられる方々のことを思うと胸が痛む。日本列島には無数の活断層が走る。筑紫野市まで走る警固断層もいつ動くか分からない。「明日はわが身」の備えが迫られる。」(2018925日西日本新聞)

同感ですが、それでも準備をしないのは、自分所はという思いがあるのでしょう。

風向計814日はこう始まります。

「『わたしのおなかはわたしのもの。』1970年代の西ドイツで妊娠中絶合法化を求める運動のスローガンとなった言葉だ。本来、個人の判断に委ねられるべき「出産」を国家がコントロールしようとすることへの反発は、大きなうねりとなった。 日本の一部の国会議員は、出産を「国家のため」と捉える感覚が拭えないようだ。」

国家のために産めよと言うのは戦時中に強調されました。

「少子化主因は子育ての重責 82

風向計「あなたのおなかは」(814日付)は、為政者の少子化に関する見当外れな発言をただしていた。女性の立場から私見を述べたい。私と同世代には「いき遅れ」を恐れた親の思惑で、しぶしぶ結婚した女性は少なくない。友人は女ばかり 5人の子を産んだ。婚家か ら跡取りがないと嘆かれ、 6人目にやっと男の子を授かった。人口はこうした女性たちの結婚、出産で維持された面もある。しかし、誰かを犠牲にすれば必ず反動がくる。少子化は産む機械扱いされた女性たちの反乱ではないか。もし私が50年遅れて生まれ、自由な生き方を選択できる現代を生きていたら、結婚はしても出産はどうだか分からない。子育てには 重い責任と、あらゆる点で 自己犠牲を伴う。今の社会 環境下で、その負荷に耐え

る自信がないからだ。 少子化の主因はこの面倒な責任回避であって、経済的負担は遠因にすぎない。万が一、育児費用と学費を国が全額負担しても、目覚ましい効果があるとは思え

ない。」(同前)


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by kibouh1 | 2018-09-30 06:54 | 支え合う社会に | Comments(0)

新たな過労死が

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「長時間労働変わる契機に

過労死NHK記者の両親

「勤務間インターバル義務化を」

過労死防止対策大綱の改定が閣議で決定した24日は、20 13年に過労死したNHK記者、佐戸未和さん=当時(31) の命目だった。6月末成立した働き方改革関連法に「過労死を無くす気がない」と憤った佐戸さんの両親。今回改定された大綱には「勤務間インターバル制度」導入の数値目標を盛り込んだほか、労働実態を重点的に調べる業種として新たにメディア業界と建設業が加えられており「長時間労働が横行する働き方が変わるきっかけになれば」と望みをつなぐ。

佐戸さんは東京都政を担当していた13年夏、参院選と都議選 の取材に忙殺され、参院選の投開票から3日後に過労死した。 渋谷労働基準監督署の認定では、亡くなる直前の1カ月間の休日は2日だけ。午前0時を越 えた勤務は15日あった。残業は 159時間、その前の1カ月は 146時間。月80時間の「過労死ライン」を大きく超えていた。「ちゃんと寝ていれば、過労死することもなかっただろう」。 父親の守さん(67)は、睡眠時間 や休憩時間を強制的に確保する勤務間インターバル制度が導入されていたら、過労死を防げたと感じている。働き方改革関連法では、インターバル制度の企業に対する義務化は「時期尚早」として「努力義務」にとどめた。一方、改定された大綱では、20年までに企業の10%以上でインターバル制度を導入するとの数値目標を立てた。母親の恵美子さん(68)=長崎市出身=は「インターバル制度は過労死防止の切り札。10%以上どころか、導入を義務化すべきだ」と訴える。佐戸さんの死後、NHKの上司は両親に、記者の勤務につい て「個人事業主のようなもので 時間管理はなかった」と説明した。「こんな上司の意識が長時 間労働を野放しにした。労務管 理の怠慢による人災でした」と 恵美子さんは悔やむ。 新大綱では、労働実態の重点 調査業種にメディア業界と建設業を加えた。特にメディアは「長 時間労働の傾向が見られる」と 問題視。守さんも「24間臨戦態勢で休みと仕事の境目もあいまいになりがちで、人繰りなどを考えずに記者の頑張りに甘えてしまっている」と、メディア業界の「働かせ方」に疑問を抱く。

厚生労働省は今後、メディア業界の過労死などの実態について多角的に調査分析を行うという。「本当に過労死が無くなるまで、企業の働き方をずっと注目していきたい」。両親は決意を新たにしている。(塩入雄一郎)」(2018725日西日本新聞)

「高度プロフェッショナル制度」では残業無制限という。対象が少ないが、非正規雇用についても対象が拡大されてきました。「高度プロフェッショナル制度」でも政令で対象が決められます。あっと言う間に広がるでしょう。


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by kibouh1 | 2018-09-29 06:47 | 働く | Comments(0)

豪雨想定の変更を

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「コラム 気流

この夏は国内線旅客機の予約が取りにくいかもしれない。全日空が7 8月で計997便を欠航するからだ。福岡、熊本など九州と羽田を結ぶ便も多く含まれる。夏休みの計画は早めに動いた方がいい▽欠航はボーイング787に積んだ英ロールスロイス製エンジンを点検整

備するため。設計上の問題で空気を圧縮するブレード(羽根)にひびが入る恐れがあという。ブレードは高速で回転する。破断した部品がエンジンや機体を壊せば大惨事になりかねない▽ブレードの破断は時々発生している。4月には米国で旅客機のエンジン が壊れ乗客1人が死亡した。5月には熊本空港を離陸した日本航空機のエンジシが破損し、ブレードの破片とみられる金属片が多数落下。機体は緊急着陸し事なきを得た。多くの命を預かる旅客機。安全最優先の対応をお願いする。」(2018724日西日本新聞)

この夏をどう乗り越えたのでしょうか。

50年に一度という言葉を今年は何回聞いたのでしょうか。災害対策の見直しが求められているのでは。

「コラム 花時計

国、県、市いわく。「九州豪雨級の雨に対応できる」。朝倉市内の河川復旧工事で、行政当局が住民に完成後の安全を強調するたび、危うさを感じた。なぜなら「直訳」すると「『水だけ』ならば危険水位を超えて堤防の『ヘり』いっぱいまで来ても対応できる」にすぎないから▽土砂や流木が流入すれば川はあふれる。これを指摘すると国、県、市いわく。「土砂や 流木は砂防ダムなどで食い止める」。だが被災地の住民は砂防ダムが崩壊し、巨石や流木が尊い命 を奪ったことを忘れない▽ある行政担当者いわく。「安全を示す数字がないと住民が納得しない」。そんな心配はいらないようだ。住民は見抜いている。「意訳」すると「対応できない」が実態で、大雨が来たら避難しないと危険だということを(古川努)」(同前)


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by kibouh1 | 2018-09-28 06:59 | 震災 | Comments(0)

地方のことは置き去りか

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自民党総裁選でも地方のインフラをどう維持していくか議論されたのでしょうか。

新聞の投稿欄からです。

「命左右する水道の民営化反対 66

今月初め、水道法改正案が衆院を通過した。国民生活に大きな影響を与える法案だが大きく取り上げられないため、問題点を知らない人が多いのではないだろうか。提案理由にある「水道施設運営等事業に係る公共施設等運営権を設定する場合の許可制の導入」。これが水道事業の運営権を民間企業に委ねられるようにすることだと理解するのは難しい。要は事業の基盤は地方公共団体に任せ、おいしい運営権を民営化できるとするのが改正案だ。

水と空気は人が生きていく上で 絶対的に必要なものだ。だから水に関することは、地方公共団体が 責任をもって行うべきである。それを安易に民間に任せていいものか。運営権を手に入れれば、水道料金も企業が決めてしまう。採算ではなく、公共の理念で対応しなければならない問題もある。国民の命を守るというのなら、命を左右する水道の運営を民間に委ねることはできない。運営権の民営化もできないはずだ。数を頼りに決めてはいけないものもある。今国会での成立は見送られるようだが、政府に自重を促す。」(2018720日朝日新聞)

今の仕組みで行けば保守点検費用が増え、財政圧迫していきます。しかし、命を左右する水は指摘される通りだと思います。だが、命と直結はしていないかもしれない図書館の指定管理者制度という民営化はいいとは思えません。


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by kibouh1 | 2018-09-27 06:14 | 支え合う社会に | Comments(0)

平和でありがたい

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201876日西日本新聞の戦争体験記からです。

815日境に暮らしが一変 86歳

父の仕事の関係で朝鮮の仁川に住んでいた。家族7 人で何不自由なく暮らして いた。毎日、朝鮮人が子守や庭の手入れに来ていたが、当然だと思って育った。 815日の終戦の日を境に生活が一変した。使用人だった朝鮮人たちが「ニッボン負ケタ。日本に帰れ」と言いながら、ラジオやミシンなどの家財道具を持ち去った。夜には朝鮮人の強盗が入り、父を柱にくくりつけ、たんすの中の物を盗んでいった。母や私たち子どもは恐ろしくて震え上がった。

1118日、引き揚げの順番が来た。仁川から着の身着のまますし詰めの貨物列車に押し込まれ釜山に向かった。釜山の日本人収容所で三日三晩待ち、やっと興安丸に乗り日月23日に山口県仙崎港に上陸。苦しく惨めな3カ月余りだった。帰国後も悲惨だった。父の仕事がないため収入はゼロ。食べる物がない。着る物もない。ノートも鉛筆もない。あわれな生活が続いた。幼いころの写真の1枚も、小学校のクラス写真や通知表もすべて置いてきた。思い出の品は何もない。いま寂しい老後を生きている。

子どものころ戦争があった。13歳の少女の人生も戦争に翻弄された。今は平和でありがたいとつくづく思う。」

「友にささげる 鎮魂ステッキ  69

戦争資料館を開設して一年になる。4年前、隣町のご婦人から「父の形見のス テッキです。役立ててください」と寄贈を受けた。長さ1M、黒茶色の一見何の-変哲もないステッキ。実は、こよりで作られたものだった。数カ月かけて作られた。一父上の存命中、時々大事そうにステッキをなでておられたそうだ。父上は激戦地のソロン島から運よく生き残り、無事故郷ヘ復員された。戦友のほとんどが戦死。その中の1人で、無二の戦友が足を負傷し、父上が肩を貸しながらジャングルを敗走したが体力が限界に達し、やむなく置き去りにするしかなかった。戦友は餓死した。復員後、どうしてもその戦友のことが心にひっかかった。鎮魂の意を込め、時間を見つけては縁側で黙々と木材の芯にこよりを丁寧に巻きつけて原型を作り、黒茶のニスを塗り、1本のステッキを完成させた。今、ステッキは資料館の片隅にひっそりと立っている。」


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by kibouh1 | 2018-09-26 09:39 | 平和を | Comments(0)

加害者にもなる

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樹木希林さんは生前「戦争は被害者だけでなく、加害者にもなる」と述べたそうです。大事な視点だと思います。

2018713日西日本新聞の戦争体験記からです。

「なぜ15歳兄は 戦死したのか 81

昭和5年生まれの次兄は203月、東シナ海にて戦死した。享年153カ月で、 あの大戦で最も若い戦死 の一人だろう。「なぜ、こ のようなことが」という疑問が去らず、今日に至ったが、最近偶然手にした資料 で以下のことを知った。 戦局が逼迫し、兵力の補 充が手詰まりとなり軍は少 年兵の動員を重視。海軍特 別年少兵制度が設けられ た。これは14歳以上16歳未満の少年から採用した練習兵に、短期間の教育の後、 第一線に配置したようである。この若い兵士たちの実に5割近くが戦死し、その中に次兄も入っていた。

長姉の話では、面会に来た母に兄は取りすがり泣いた。志願しなければよかったろうに、時代がせき立てたのだろう。戦争のできる国にしようとする動きがあるようだ。決してその道

に進んではならない。」

「たばこ作りは子どもの仕事  85

子どもの夜なべの手伝いの一つに巻きたばこ作りがありました。大人は農作業に使う小縄や牛馬の手綱を綯うなどの仕事。その大人たちのため、たばこを巻く作業が子どもの割り当てで した。 配給で買える中身と巻き 紙は数に制限があり、太巻 きから極小、鉛筆のように 3Bから3Hまでありまし た。配給量が不足したため、 父の発案でタマネギの赤ヒ ゲを乾燥させて小さく刻 み、本物のタバコに混ぜて 太巻きを作ったものです。ところがおいしくないと 不満タラタラ。しかし「子どもの協力を無にしてはだめだっ!」と父にたしなめられて渋々消費され、以来、混合たばこと赤ヒゲ状の物は没となった。巻道具は簡単な作りでしたが、習熟するまでには至らなかった。巻き紙も貴重品なので、やがて紙は使わぬ「刻みたばこ」になり、今度はキセルの「ヤニ」取り掃除が子どもの仕事に回ってきました。」(2018713日西日本新聞)


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by kibouh1 | 2018-09-25 06:52 | 平和を | Comments(0)

隔靴掻痒の政治


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「ニュース川柳

・白塗りである荒城を継ぎ合わせ

・四島還らず何の平和かな

・赤い国に白旗揚げる風見鶏

・安倍総理外交得意領土拉致 」(2018919日西日本新聞)

改憲の問題が自民党総裁選で述べられています。党の方針を決めるのだから自由な論争は当然ということなのでしょうか、総裁選に関われない私などは無力感があります。丁寧な論議と言いますが、議論尽くされたとも思えない。次のような投稿が一部を紹介します。

「(声 どう思いますか)憲法を考える 自民総裁選、改憲機運再び?

2018919日朝日新聞

 自民党の総裁選に立候補した安倍晋三首相は「いよいよ憲法改正に取り組む時が来た」と演説会で所見を発表しました。その中核に据えるのは9条です。自衛隊を憲法に明記し違憲論に終止符を打つ、と主張します。

 対する石破茂元幹事長は、9条改憲の優先順位は高くないとしつつ、戦力不保持と交戦権否認を定める9条2項の削除が持論です。総裁選を機に、改憲論議に再び焦点が当たる今、皆さんのご意見を紹介します。

 ■違憲論争に終止符はいらない 71

 自民党の総裁選は、実質的に首相を選ぶ選挙であるから、単に自民党内部の問題に過ぎないと割り切ることはできない。そこで、立候補した2人の発言に注目しているが、それぞれの主張の力点や言い回しは違えど、いずれも憲法9条に対する問題意識と、改憲の必要性については共通しているようだ。

 自衛隊は9条に反するのか――。国民にとって重い課題であり、軽々しく結論を出せる問題ではない、という点においては大多数が認めるところだと思う。今回の総裁選で、積極的に論争を仕掛ける安倍首相は、憲法に自衛隊を書き込む目的について、自衛隊違憲論があることをやり玉に挙げ、「自衛隊員が誇りを持って任務を全うできる環境を作る」と語った。

 しかし私は、違憲論争は誠に重要で、むしろ終止符を打つべきではないと思う。戦後70年以上にわたり、日本が直接戦争に関わることなく私たちが生活してこられたのは、今の9条を根拠に、絶えずこの論争があったればこそだ。平和の維持と最低限の武力保持との間の、緊張関係のたまものであることを、忘れてはならない。(以下略)」


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by kibouh1 | 2018-09-24 05:49 | 政治・行政 | Comments(0)

6月19日は

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新聞の投稿欄からです。

「福岡大空襲の 惨劇忘れない 86

昨年6月、福岡市赤煉瓦文化館(岡市中央区)で催された平和祈念資料展に足を運んだのが頭をよぎる。昭和20619日の福岡大空襲。当時中学1年だったが、米軍機B29の襲来で博多の中心部は一夜にして焦土と化し、大勢の人たちが犠牲になった惨劇は今でも忘れることはない。鉄かぶとや防空頭巾、空襲時に鳴らした携帯サイレンなどが目を引いた。特に 現在の博多座にあった旧十五銀行福岡支店の地下室で60人以上が閉じ込められ、熱死したことは今でも心に残っている。戦時中に発行された10円や100円の紙幣、国民学

校の優良可の通知表は学期ごとに一喜一憂したのが懐かしかった。印象が深かったのは勤労奉仕の写真。当時は学校での授業はなく、近郊の農家で田植えや稲刈りを手伝った。知らない間 に足にくっつき血を吸うヒル、お国のためにとせっせと汗を流した。 戦後73年。鎮魂の夏が巡ってくる。戦前、戦後の混乱期のつらさを思うと平和の尊さを実感する。」(2018618日西日本新聞)

全国的に空襲が繰り返された。無差別爆撃だった。


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by kibouh1 | 2018-09-23 06:38 | 平和を | Comments(0)

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「ニュース川柳

1強の甘い指針に呑まれそう

・財源は示さず支援得意げに  」(2018917日西日本新聞)

「正直、公正」は個人攻撃という論理にあきれはてるが、マスコミの反応は鈍い。そのことが気になる。

「自民党総裁選 国民に忖度を 78

自民党総裁選に関して、石破茂候補が掲げたスローガン「正直、公正」に対し、首相への個入攻撃ではないかとの批判が出ていることに、国民として「どうして?」と理解に苦しむ。

「正直、公正」は人間本来の持つべき大切な心、理性だと思われませんか?何も総裁選だけの問題ではないはずです。「人」としての原点に立ち戻り正々堂々と戦ってほしい。同時に他国会での常とう語になっている「謙虚に丁寧に説明する」を思い出します。現実的には死語に等しい。この二つの文言こそは、私たち国民に対する最低限の義務であり使命でしょう。安倍晋三候補、石破候補を支持されている方々にお願いしたいことは「私利私欲」でなく、真()から国民の期待を忖度してほ しいということ。日本を代 表する自民党総裁を決める選挙は、私たちの生活向上 のためにも重要な出来事な のです。」(同前)


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by kibouh1 | 2018-09-22 06:42 | Comments(0)

「帽振れ」悲し


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2018914日西日本新聞の戦争体験記からです。

「沈みゆく乗艦「帽振れ」悲し 89

私は旧海軍の軍人でした。思い出はいろいろありますが、忘れ得ぬ一つに「帽振れ」があります。これは人、艦船や飛行機などを見送る時に軍帽を振ってサヨナラ、あるいは頑張れと伝える行為です。幾度か悲しい見送りをしましたが、一 番つらく悲しかったのは、 敵機との交戦で戦死者と共に沈みゆく乗艦を無言のまま「帽振れ」で見送った時ことです。 月明かりの洋上で敵雷撃機との激しい対空戦闘、敵 機第2波の攻撃で被弾し、艦橋を破壊され操艦不能になり、艦長以下戦死52人、艦首部の浸水多く徐々に沈んでいきます。今なお忘れ得ません。その後、航空隊勤務を命じられ、沖縄特攻作戦の軍務に従事しました。生還することなき特攻機の出撃。無言で帽振れの別れが幾度あったことか。思えば前途有望な若人たち。愛する妻子、家族、恋人を残し、戦に散華せし人々。戦争さえなかったらと。国のためとはいえ痛恨の思いが切実です。戦争は絶対の悪であると、生き残った軍人であったから断言できるのです。」

「友の命救った マラリアの薬   69

18歳で志願して軍属となったAさんは、南方航空の航空技術員として任務に就いた。軍属は民間だが、軍人と同等の扱いだった。敗戦後、武装解除する前に部隊の戦友らと徹底抗戦しようと、部隊を飛び出す決意 をした。決行の日、日本軍の倉庫に保管してあったキニーネの缶を失敬した。マラリアの特効薬であることと、先々きっと役に立つと直感したそうだ。 このキニーネがAさん自身、シンガポールでマラリ アに罹患した際に役立ち、命を救った。マレー半島を彷徨中にもマラリアに倒れる戦友たちにキニーネを与えて命を救った。Aさんは連合軍の捕虜となり、シンガポールから南ヘ60キロのレンパン島に抑留された。無人島生活は過酷・悲惨を極めたが、キニ一ネのおかげでマラリア罹患の戦友たちの命を救った。キニーネは今も資料館で「命」の重さを伝えている。」

「面会の帰りに米軍機が襲来 86

昭和204月、旧制中学1年生で軍事教練の毎日でした。春休みのある日、旧福岡陸軍連隊に入隊中の兄に両親と面会に行った。衛門で面会許可証をもらい、指定場所で兄と面会できた。兄は訓練が厳しいのか食料が少ないのか、入隊前よりやせて見えた。楽しい面会が終わり、連隊前の西鉄電停ヘ行くと突然、サイレンが3回鳴った。敵機襲来で、米軍ロッキ一ドとグラマンの攻撃が始まったのだ。急いで近くの屋根下ヘ飛び込んだ。幸い連隊の対空放射器が対応してくれたので敵機は転進した。帰路、福岡駅から小倉行きの列車に乗った。遅れて小倉駅に着いた。機関車に石炭を補給中、 石炭をたく灯に向けてまたもや敵戦闘機が攻撃してきた。敵機が駅のホームと列車の間に向けて攻撃してきたので、私たちは下車できず車内で椅子の下にもぐった。車外ではダン、ブスッ、という音が続いた。別に怖くはなかった。約20分で終わった。」


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by kibouh1 | 2018-09-21 06:30 | 平和を | Comments(0)