気ままなつぶやきです


by kibouh1

<   2017年 04月 ( 33 )   > この月の画像一覧


f0239450_16282907.jpg

「仲畑流・万能川柳  毎日新聞2017425日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆夜なべする母はいつ寝ていたんだろう 枚方 登美子

カネなくて冬眠マジで考えた 東京 桜の裕

反省は嘘だったよね再稼働 取手 はにわゆう (以下略)」

普通学級も人手が足りないというし、支援学校も。教師の確保を優先的に取り組んでもらいたい。

「(声)特別支援学級、先生を増やして  48歳 2017424日朝日新聞

 私の子供は公立小学校の特別支援学級に通っています。3学級14人だったのが今春から20人に増えました。ですが、先生の人数は3人と変わりません。全員が一つの教室です。補助の先生が必ず1人入るようローテーションを組まれたようですが、不安です。

 特別支援学級では、教室で動き回る子や勝手に教室から出て行く子、情緒が安定しない子もいます。加えてまだ慣れていない1年生は特に目をかけなければならず、先生はいっぱいいっぱいのご様子です。先生が体調を崩して休んだらどうなるのでしょうか。

 法律では、小中学校の特別支援学級は1学級8人が標準と定められていますが、あまりにも現状を無視しています。中には感覚過敏の児童も少なくありません。普通学級では刺激が多すぎるから特別支援学級に来たのに支援が少ないのでは意味がありません。

 せめて、子供が10人を超えたら二つの教室に分けたり、先生1人あたりの子供の数は4人までにしたりといった余裕があれば、安心できるのにと思います。」


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-30 05:27 | 障害者 | Comments(0)

お年寄りの暮しぶりは

f0239450_13443575.jpg

「見守り隊参加運動にも効果 78

交通事故から子どもの身を守るためとあいさつ運動のため、朝30分ほどボランティアで子ども見守り隊に立っている。時間を有効に使うため、足踏みして運動不足を補っている。ところが、足踏みだけだと、どうも運動の手応えがなく、何か物足りない。そこで、足踏みを爪先立ちでするようにしたところ、負荷がかかり、手応えを実感した。30分間、爪先立ち足踏みを継続するのは少々きついので、3分間爪先立ちを行い、3分間は普通の足踏みをする。この繰り返しで30分間運動したところ、汗がにじみ、気持ちよい運動となっている。 テレビでウオーキングの インターバル速歩が、運動の効果を上げると放映していた。それをまねたことにもなり、見守り隊と運動の一石二鳥の効用と自己満足している。健康長寿を維持するためにも継続したい。便通も寝付ききも良くなった。」(201741日西日本新聞)

健康で、生活の不安が少なければボラティア活動に参加できますが、年金だけで生活できない人も多いという。お年寄りは金持ちだという政治家が少なくないですが、金持ちもいますが、格差が激しいのも特徴だと指摘されています。特に75歳以上の格差が大きいという。

生活保護受給者は、60歳から69歳は22.9%。 70歳以上ではさらに高くなり28.0%という。格差の問題を語らないのも政治家です。


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-29 05:43 | 高齢者 | Comments(0)

生を支えて

f0239450_11031828.jpg

元旦も生きていたと感じますが、桜の方が実感を伴うのは、春だからでしょうか。

新聞の投稿欄からです。

「今年も老母と桜が見られた 64

〈命二つの中に生きたる桜哉〉(芭蕉)

この季節になると、いつの間にか知らず知らずにこの句を口ずさんでいる。今年もまた、施設に入っている母とともに感謝の念を胸に桜をめでている。やがて93歳になる母。いつも「これが最後の桜やろなあ」か とつぶやく。うれしくも、ややまぶしそうだ。 母が身体障害者1級で要介護5になって、この春で3年になる。その間、私は母の介護をしながら桜を観賞する余裕などなかった。私自身が身障者だから、自分が生きるだけで精いっぱいだったのだ。それが変わったのは俳句や短歌を知ってからだ。そこには介護する者、される者それぞれに感じる小宇宙がある。

〈桜ばないのちぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり〉(岡本かの子)

私が下手な句を考えていると、介護の苦労が泡沫のように消えていく。

〈花冷えに散りゆく桜薄紅に命は。与かなし花びら濡らす〉

願わくば、来年の桜も母、と一緒に迎えたい。201745日西日本新聞

特別支援学校では教師が不足しているという指摘もあります。国の支援が必要では・・。

「障害者支える 熱情に敬服す  70

私は町内の行政委員を仰せつかっているので、町内にある障害者などが通う特別支援学校の評議員に加えられでいる。先日、評議員会があった。校長から「男の先生は父親、女の先生は母親のような気持ちで生徒たちに対応している」と説明があった。その顔は慈愛に満ち、神々しくすら感じられた。私は校長の一言一句に感銘しながら、聞き入っていた。生徒たちに何か問題があったら、校長以下教職員全員が心を一つにして対応していると。そして、具体的なある事例に生々しく触れられた。ご苦労の一端を垣間見ることができた。心底から敬服した。生徒たち一人一人をわが子以上に優しくいたわる様子が浮かび、目頭が熱くなった。私ももっと優しい人間にならなければならぬ。反省しながら、校門を後にした。」(同前)


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-28 05:02 | 震災 | Comments(0)

震災対策も進まず

f0239450_14354485.jpg

「東北を旅して 感情が波立つ

夫の休暇を利用して東北に行った。山々に雪が残る。水音はあちらこちらから聞こえる。北ヘ渡る前の白鳥が、水をためた田んぼに20 羽ほど見える。雪もちらちら。しかし、春は着々と近づいている。 広々とした仙台空港周辺 は地震による津波のすさまじさをまだ多く残していた。遠くまばらに松の木が見える。枯れたままの草木、塩を抜いた田んぼ、重機も動いている。23日の旅の終わり。「通称名取裕子」というガイドさんの軽快な口調は旅を愉快にしてくれたが、地震、津波の話を聞くと、やはり現実のむごさが浮かび上がる。今、走っている高速道路 脇の土手に人々が逃れてき た。しかし、たどり着いた 人々は、土手を目前に津波 にさらわれていく多くの人々を何もできず、ただ見て いるほかなかったと・・・波が引いて、何百人の遺体が土手の傍らに流れ着いた。なすすべもなく、放置せざるを得ない日々。 大震災から6年の歳月が 流れた。人は生きる時聞を、 自然は再生の時間を紡いだ。ゆっくりと新たな東北が紡がれていく。変わって いく。でも、たまらない気 持ち。感情が波立つ。」(2017424日西日本新聞)

巨大な堤防を作ったが役に立たなかった、いや、あったからあの程度で済んだという意見もあるようですが、震災対策は有効だったのか、検証は進んだのでしょうか。熊本も1年過ぎたが、住まいへの支援策は東日本大震災時と変わっていないように思う。進歩を拒むかのように。

「「仮設」暮らし心身に違和感 65

熊本地震から1年が経過した。市街地から郊外の民間賃貸住宅借り上げ制度の「みなし仮設住宅」に引っ越して1カ月。環境の変化に心身共に違和感を覚える。寂しすぎる。寝付きが悪く、睡眠が浅い。仮設住宅は2年間の期限付き。その後の生活を考えたら、不安がよぎる。生活再建のめどが立つか不安だ。地震の後遺症でパートナーは病に伏し、仕事を辞め

た。疲労困憊の状態だ。何ごとも気力が湧かないと訴える。二人三脚で乗り切るしかない。地震の影響は計り知れないが、前向きに生きるしかない。引っ越しを機に、家財道具を整理した。身軽にして 再出発する考えだ。 一日も早く環境になじみ 「住めば都」と思えるよう になりたい。今はとにかく、 寂しい。(熊本市東区) 」(同前)


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-27 04:34 | 震災 | Comments(0)

明日はどうなるか

f0239450_15403009.jpg

近いうちにアエルと思っていたら、発病2か月で去った知人がいます。

「会えるのは「当たり前」ではない

京都のお寺の住職Kさんは、私が 運営する囲碁サイトで、毎日のように対局を楽しんでいました。当初は パソコン操作に不慣れで、よく電話がかかってきたものです。原因探しに1時間も電話でやりとりした揚げ句、ネットにつなぐ線が抜けていたのが分かったときは大笑い。対局だけではなく、こうしたやりとりを通じて少しずつ心の距離が縮まっていきました。 ある対局の後、「京都にお越しの 際は連絡してください。会いましょう」とチヤットで話し掛けられ、うれしくて思わず笑みがこぼれました。

しかし、翌年の京都出張の際にKさんに連絡すると、残念ながら体調を崩されて入院中でお目にかかれませんでした。「先日は電話をありがとうございました。会いたかったです。次回はぜひ」。退院後すぐにサイトで囲碁を再開したKさんは以前の通りに見えました。

数カ月後のある朝、思わぬ方から電話がかかってきました。Kさんの奥さまで、私の鼓動は跳ね上がりました。予感の通り、前夜Kさんが亡くなったという連絡でした。数日前 まで元気に打っていたので、とっさ に言葉が出てきません。 「夫は体調が悪くなった後も、石音さん(私のサイト名)をずっと楽しみにしていました。『根本さんが今度京都に来られたら会うんだ』と 繰り返し言っていました」 「私も一度お目にかかりたかったです。実際に盤を挟んで打ちましょうと約束していたのですが・・」。声 が震えてしまうのを抑えることができませんでした。お歳差でも、会ったことがなくでも、かけがえのない友情が育まれていたことに気付いた瞬間でした。人と会えるのは「当たり前」ではない。その事実を心の痛みとともに教えてもらって以来、「大事な人に、会えるひとときを精いっぱい大切にする」と心に誓っています。(囲碁サイト「石音」主宰・根本明)」(201739日西日本新聞)

年寄りには「またね」もきわどい言葉になります。

お年寄りに便利な道具の紹介です。

「良品ダネ

姿勢が楽な ポータブルトイレ

さわやかチェアPTセーフティロック

5万5620円 ウチエ

体が不自由になり、トイレまで行くのが大変に感じたときには、ポータブルトイレが役に立ちます。寝室が2階に あり、階段を下りてトイレに 行かなくてはならない人も部 屋にこれがあれば安心です。 写真は排せつする際の姿勢 に配慮して作られた新発売の製品です。排便時は少し前かがみの姿勢がいきみやすいため、パイプ状の肘掛けが前方に来て、楽にその姿勢が取れるようになっています。排せつが終わればロックを解除してはね上げる仕組みです。

座面の高さは調節できます し、足が引ける空聞があるの で立ち上がりやすいです。本体は木製の落ち着いた色です から、違和感なく部屋に置けます。便座が温かいホット便座タイプがあります。私たちは便器に座れば自然に排せつしやすい姿勢を取っています。でも体が不自由になると、それが難しくなります。介護保険の認定を受けた方はケアマネジャーに相談してみてください。(高齢生活研究所代表・浜田きよ子)一部(略)」(同前)


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-26 05:39 | 高齢者 | Comments(0)

暴言が続く

f0239450_14004976.jpg

「仲畑流・万能川柳 毎日新聞2017415日 東京朝刊

 ☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆百時間超えても死ねぬ自営業 高槻 まいのり。

じっと見て不気味になったシラスの目 生駒 鹿せんべ

大阪の長所と短所あるオカン 相生 ブー風ウー(以下略)」

今村大臣は以前にも自主避難者に対して「故郷を捨てるのは簡単」などという発言しています。こういう見方は一貫しているのです。

「復興相こそが 「自己責任」を 71

福島第1原発事故で自主避難著が帰還しないのは「本人の自己責任」との今村復興相発言。撤回されたが、改めて原発事故について考えさせられた。国家の重要施策として推進されてきた原子力発電。「絶対安全」と喧伝されていた原発で、悲惨な最悪の事故が現実に起きた。東電および国に事故の責任があることは、国民周知のことである。事故から6年。福島県の自主避難者はまだ、32千人を超える。が、県は3月末で住宅支援を打ち切った。年月の経過と除染で放射能レベルが基準以下になったということで、帰還困難区域を除き避難指示も解除された。しかし、除染で取り除かれた表土などは袋詰めで野積み状態か除染が手付かずの森林から風雨による再汚染も十分、あり得る。空気の吸入や食品からの内部被ばくの蓄積による健康への影響も定かではない、仕事のこともあろうが、帰宅をためらう人たちの気持ちは十分、理解できる。今村復興相は明らかに、被災者の気持ちを傷つけた。どう「自己責任」を負うのだろうか。発言は己に返る。」(2017420日西日本新聞)

撤回したというが本音がそこにあるから出てくる。何度も繰り返されるのではないか。


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-25 09:00 | 政治・行政 | Comments(0)

遠距離介護は

f0239450_07304803.jpg

「オトコの介護 病室に1人 右脚は固定され

1人暮らしの父(81)が家の前で転倒し病院に運ばれた翌日、取材を終えて博多駅に直行、鹿児島中央行きの新幹線に飛び乗った。病院に着いたのは午後7時半近かった。父は救急病棟の薄暗い一室で休んでいた。厚いスポンジ をギブス状に巻いて固定された右脚が布団からのぞく。 「おーい」と声を掛けてみた。ゆっくりと目が開いた」 「足はどうね?」「痛くない よ」。強がっているのか痛みさえ忘れているのか。ぼんやりしてはいるが、意識はしっかりしている。ホッとした。少し落ち着いて全体を見渡す。右足の裏を覆った金具に重りがぶら下がっている。手術までに数日かかる。それまで骨折した太ももの部分が変な形で接合しないようにけん引していると後で聞いた。足の裏に目がいった。赤紫色に染まっている。内出血のためだろう。少し腫れているようにも見える。痛々しい。「倒れたときのこと覚えてる?」。無駄な抵抗とは分かっていても、もしやと思って 聞いてみた。「いや」。やっ ぱりね。「お父さんがいろいろ教えっくれたど」とか「水はどけ(どこへ)いったかね」などと意味不明の言葉も交じる。何かを伝えなければ、という意識はあるのだろう。「帰っていったね」。突然何を言い出すかと思ったら隣の病室の見舞客が帰るところだった。周囲のことに敏感に なっているようだ。そうかと思えば天井を見つめながらぶつぶつと何かに話し掛けている。幻覚を見ているのは明らかだった。死んだ母の幻覚を見ることは認知症が分かった早い時期から聞いていた。近頃は子どもも登場していたようだ。ただ、幻覚を見ているところを直接見るのは初めてだった。環境の変化なのか、刺激のない状況が悪いのか。入院が

認知症を急激に進行させるのだと、後に思い知らされることになろうとは、このとき予想もしなかった(S-F)」( 2017420日西日本新聞)

入院したら悪くなるというのはよく聞きます。社会の中で生きることで人は生を実感できるのでしょうか。遠距離介護もここまでくると限界に近づいているように見えますがどんな展開を見せるでしょうか。

お年寄りに役立つ道具の紹介もあります。

「大きく見え丈簡単に レンズ付きニッパー爪切り

6480円。ティ・エス・ケイ (新潟県三条市)電話=0256 (33) 6626

巻き爪で悩むシニアは少なくありません。原因はさまざまですが、加齢によって爪の水分が減少し、厚くなって爪が縮むのもその一つです。足に合わない靴や深爪も巻き爪 の原因となります。 厚い巻き爪は簡単に切れないため、専用の爪切りを使います。それでも、老眼が進んだシニアには、爪が見にくくてやはり大変な作業です。写真は、巻き爪や硬い爪専用の爪切りに拡大レンズが付いたものです。ニッパー型で 切りやすく、ステンレス製です。手になじみやすいハンド ルは、ストッパーのおかげで 必要以上に開かないので操作しやすく、保管や携帯に便利 なキャップも付いています。 ハンドルに付けるレンズの 倍率は3.5倍。レンズの位置や角度を調節すると、爪がかなり大きく見えて、安心して切れます。レンズは簡単に外 せるので普通型の大きな爪切りに付けることもできます。 巻き爪の痛みが嫌で歩くの を避けていると、足腰の衰え を招きます。爪をしっかりと手入れして、体を動かしましょう。(高齢生活研究所代表・浜田 きよ子)」(同前)


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-24 07:30 | 介護 | Comments(0)

戦争体験から

f0239450_10253218.jpg

2017120日西日本新聞の戦争体験投稿欄からです。

「霊峰富士見ゆ 帰ってきたぞ 94

復員とか、引き揚げという言葉は、昭和の古い言葉として死語に近くなった。私もその復員兵で、今まで 生き延びている老兵です。戦死した戦友には申し訳なく、南の空を仰いで頭を垂れるのみです。マラリアに罹患していた私は、他の戦友よりも一足先に米軍の舟艇で南の島から原隊近くの関東に上陸しました。まず、島から沖に停泊している舟艇に小舟で搬送。船腹に横付けされ、縄ばしごをよじ登るが、衰弱している私には力がなく、上と下から助けてもらい、ようやく船中の人となった。不安いっぱいで、ハッチの傍らに身を寄せ、配給の乾パンをかじりながら2日間、辛抱しました。日本が近いと教えられ、甲板に上がると「富士山だ」の声。水平線に目をやったが、見当たらない。雲を指さしている。そこには、まさしく雲にそびえる霊峰富士が朝日に映えていた。日本に帰ってきた実感が身に染みる。感動が体内を駆け巡り、目頭が熱くなった。今までのもやもやが一遍に吹き飛んだ。でき得るならいま一度、洋上からあの清楚な富士山を見てみたい。」

「兄の遺骨届き 両親のお墓に  80

私の夫の兄2人は学徒出陣でソ連に参戦し、シベリアで捕虜となり、とうとう帰って来ませんでした。下の兄は戦後間もなく、無断で隊を抜け出し、いったん北朝鮮成鏡北道の自宅まで歩き、家族に会いに来ました。しかし、母は「脱走」はよくないと、断腸の思いで彼を隊に返したのです。その後、彼はシベリアの 飢えと寒さの中、亡くなり ました。上の兄は大木を伐採中、その下敷きとなり、命を落としました。母はこの2人を思い続け、ついに病気となり、40歳の若さで逝きました。昨年、厚生労働省はDNA鑑定で上の兄を特定し、遺骨を持参しました。遺骨を亡き両親のお墓に納めた日の夜、認知症の夫はベッドの上で独り泣いていました。私はいたたまれない思いで夫の手を握りました。〈国のため命捧げし兄二人世界平和ヘ心からいのる〉」

「空襲後の道は靴底熱かった 85

昭和18年、中1の間はほ ぼ正常な授業だった。2年 からは校外でいろいろ働いた。 出征兵士の家での麦・稲刈り、学校林の手入れ、倉庫の運搬作業、防空壕掘り、もっこ担ぎなどである。校内では、軍事教練で鍛え られた。 3年終盤からは、工場ヘ学徒動員。軍用機のタイヤ作りです。深夜作業もあった。午前O時、休態と食事。室温は35度にもなり、雑穀の弁当に食欲はない。終戦直前、811日の福岡・久留米空襲。母校グラウンドの防空壕ヘ湾避。爆音が頭上に迫り、校舎の木造5棟は全焼した。空襲後、自宅ヘ帰る道。靴底がやけに熱かった。家は強制疎開で壊される予定だったが、15日の敗戦で助かった。

戦い済んで母校に帰ったのは822日のこと。15歳の少年が作ったタイヤは、果たしてパンクしなかっただろうか。今でも気になる。」


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-23 07:24 | 平和を | Comments(0)

ミニ耕運機

f0239450_10271244.jpg

「元気ダネ!

高齢者の行方不明に備える

 散歩日和の日が増えてきました。しかし認知症の高齢者の中 には、散歩中に自分の家がどこ にあるのか分からなくなり、そ のまま行方不明になってしまう 人もいます。 警察庁によると、2015年中に 届け出を受理した行方不明者は 約82000人。そのうち約2割 を70歳以上の高齢者が占め、年々増加傾向にあります。こうした事態に備え、富山市は「認知症高齢者徘徊(はいかい) SO S緊急ダイヤル」というサービスを行っています。認知症高齢者の徘徊に気付いたときに連絡すると、協力団体などヘ メールで情報が配信され、捜索 に協力してもらう仕組みです。 福岡市や福岡県宗像市、大津市、横浜市、福島県須賀川市、~ 北海道帯広市などさまざまな自治体で同様の取り組みが行われ ています。このような活動の有 無を最寄りの役場に問い合わせてみるとよいでしょう。」(2017413日西日本新聞)

福岡などでは「ハンズマン」というホームセンターのCMにミニ耕運機が出てきてユーモアも感じられてなかなかいいものです。しかし、なかなか購入しようとはなりません。そんなに広くないので迷います。

「紅皿 ミニ耕運機

ブルッ、ブルブルッと「ミニ耕運機」試運転の朝がやって来た。このミニ耕運機、買いたいと思いつつ決めかねていたのです。 「あると便利よ」と勧める人と「肩を痛める よ」と止める人。悩みましたが、相方を失し、 トラクター耕運が頼めなくなり、くわで打つには広すぎる、草ははびこるしで、買うことを決心。農協の方に取り扱いの説明と、試運転をしてもらうことになった。 いざ使うと、真っすぐは左右に揺れるがまあ まあ。さて旋回、ハジドルを持ち上げ素早く回る。あれあれ、前の玉ネギの苗を踏みつけた。あれ、横のニンジンを傷つけたそれでも30分もするとどうにかなった。買い求めた「キタアカリ」「男爵」の種芋と、家の残りの芋を植えました。ニンジン、ホウレンソウの種も。息子と2人の暮らしには、そうたくさんの野菜もいらないのですが、離れ住む息子や娘の家族にも送りたいのです。新盆を迎える夫の仏前に供えなければ。キユウリ、ナス、カボチャ、トマト、たくさん作るからね。もう少し暖かくなったらミニ耕運機さんも忙しくなるから、よろしくね。

(農業・66歳大分県日田市)」(同前)

農業であれば市民農園とは違いますし、力になってくれるでしょうね、


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-22 06:26 | 高齢者 | Comments(0)

私人ならば




f0239450_10490133.jpg

「殻を破る時機ひなに合わせ 52

ここはまろやかな豆腐の○○さん、角は笑顔のすてきな八百屋の××さん、あそこはおしどり夫婦の△△の写真館・・・。小さいころから母や祖母と行ったお店は名字で呼び、親しんできた。でも、一つまた一つと店が無くなっていく。どうし ても、スーパーなどの大型店に押されてしまう。通るたびに、店のおじさんやおばさんとの世間話や、その-懐かしい顔を思い出す。ふと、自分を振り返る。長年、地元でピアノを教え、何人もの生徒をお預かりした。器用に軽々と弾く子もいれば、真面目なのに上達しない子もいる。でも、その子その子で伸びる時期が違う。長い目で 見て、それまでピアノを嫌いにならないよう「啐啄同機」、つまり卵の中のひなと親鳥が殻を破るタイミングを見逃さないのが私の役目と思っている。そんな私を、生徒は家の前を通るたびに、どんな先生として思い出してくれるのかなあ。(福岡市南区・ピアノ講師) 」(201729日西日本新聞)

殻を破るタイミングだという。私人の殻も破らないと・・・。

私人になぜ政府職員がつくのか。納得できない。

「(声)政府職員の首相夫人付はやめて 67歳  201744日朝日新聞

 安倍晋三首相は、妻の昭恵夫人は「私人」であると言う。従って、行動に公的な制約は無く、自由気ままに振る舞えるということなのだろう。

 たとえば、戦後に衆参両院で完全に否定された教育勅語を森友学園の園児が素読するのに接し、感涙し、賛辞を送り、学園が計画した小学校の名誉校長に就任しても、「私人」であるから問題ないというわけだ。

 多くの肩書を持ち合わせる夫人の今までの行動を見ると、趣味、道楽の類もあるようだ。

 その首相夫人に対して、政府はスタッフを付けていた。第1次安倍内閣の時は非常勤1人だったのに、その後は常勤2人、非常勤3人の計5人にもなったと報じられている。

 昭恵夫人は、この政府職員を「秘書」と呼んでいる。首相が主張する「妻は私人」という言葉と矛盾しているのではないか。

 「私人」と言うならば、法律的な裏付けもなく政府職員を首相夫人に付けるのはおかしいし、税金の無駄遣いにもなる。直ちに廃止するべきだ。」


[PR]
by kibouh1 | 2017-04-21 05:47 | 政治・行政 | Comments(0)