気ままなつぶやきです


by kibouh1

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大宰府研究の先駆者

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新聞の戦争体験特集からです。

「沖縄戦で戦死父の任務知る 72

戦後70年。35歳で戦死した父の沖縄戦を詳しく知りたくなった。父の軍事郵便から部隊は「球2775 と分かった。 調べると、部隊に関する本があった。「戦場のトンボ少年が見た沖縄戦」。文中に「球2775」部隊 が出てきて、沖縄戦を克明に'書き残している。部隊は 特別要塞建築中隊という、 主に陣地構築を任務としていた。父は大工をしていたので納得した。著者の家を部隊本部として軍が借り上げ、軍隊と住民が共同生活。奇妙な取り合わせである。昭和1910月に那覇が空襲を受け、部隊本部も住民も山の壕に移動。そのころ に、父からの軍事郵便も多く来ている。父は筆まめだった。軍事郵便の検閲官を文中で「チョビひげの大阪のオッさん」と書いている。はがきを読みながら、思わず笑ったo

203月、米軍がものすごい兵力と艦船で海岸線に押し寄せてきたとき、日本軍の敗戦は決まっていた。合掌。」(2015925日西日本新聞)

『養生訓』で有名な貝原益軒ですが、風土記など歴史についても造詣が深い人だったそうです。

「貝原益軒展

大宰府研究の先駆者の学問とは 

今に続く実証主義と現地調査

福岡藩の儒学者、貝原益軒 (16301714)は実 証主義と現地調査にこだわって学問に励んだ。彼が編さんした地誌「筑前国続風土記」 は、今でも福岡の歴史研究には必須。とりわけ大宰府研究の先駆者としての益軒に着目し、ゆかりの品々を集めた企画展が、福岡県小郡市の九州歴史資料館で開かれている。益軒は、儒学の中でも朱子学を重んじた。その基本姿勢である「格物致知」を貫き、一つ一つの事物を知り尽くして、その本質まで理解しようとした。

それ故、神への信仰を大切にしつつも、研究ではリアリストに徹した。益軒が記した太宰府天満宮の縁起は、他の 天神縁起と比べ、祭神の菅原道真を神秘化した伝承が少なく、道真死後の怨霊によるたたりを否定する。展示中の「太宰府天満宮故実」は考証に7年以上が費やされたという。筑前国続風土記も益軒の学問の姿勢を物語る。彼は国内をくまなく歩き、地元の人々への聞き取りを重ねた。大宰府跡では礎石の数や大きさを事細かに記録、正殿や門の位置も的確に把握した。現代の研究者も手に取る一級資料なのだ。(以下略)

(同前)

貝原益軒の先駆的な事業が今にも引き継がれているという。


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by kibouh1 | 2016-01-31 05:56 | 歴史 | Comments(0)

学問のために

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「気流

福岡県大野城市の「豆香洞コーヒー」が福岡市の博多リバレインモールに開店した。後藤直紀オーナー (40)は焙煎技術を競う世界大会で2013年に優勝した経 験をもつ。店名のように、豆の香りを洞窟の仙人のように磨いた技が評価されたのだろう▽福岡県には、他にも地元で評価すべきコーヒー職人がいるようだ。日本スペシャルテイコーヒー協会が昨年開催した競技会で、8部門のうち3部門は同県内のコーヒーマンが優勝した。豆香洞の後藤さんのお弟子さんと、福岡市の「REC COFFEE」、 同県太宰府市の「珈琲蘭館」にもチャンピオンがいる▽福岡のコーヒー職人は有志で勉強会を開き、店のレベル向士に努める点で東京とは違う、と後藤さん。そう聞くと勉強仲間の店も巡りたくなる。上質な味と香りが福岡の地から広がることを期待しながら。」(20151021日西日本新聞)

大村氏も、梶田氏も、謙虚ですね。

「私利私欲ない 太村氏に感動 67

今回、ノーベル医学生理科学賞に決まった大村智氏 (80)。「何か一つでも人のためになることができないか、いつも考えてきた。それが結果となった」という 言葉に深い感動を覚えた。たまたまゴルフ場の土中から見つかった微生物から治療薬を開発、熱帯感染症に苦しむ発展途上国の多くの人々の命を救った。大村氏は大学卒業後、定時制高校で働いていたとき、仕事を終えて油まみれで教室に入ってきた生徒を見て一念発起。研究者の道をまい進されたとか。人のためになる仕事を目指し、ひたすら研究に打ち込む努力の人と思う。一番感動するのは、私利私欲のない純粋さである。報道によると、山梨県の韮崎大村美術館を建設、作品ごと寄贈されたという。ノーベル賞の賞金も「要らない」と寄付される意向のようだ。こんなすてきな日本人がまだ、いたのだ。一歩でも氏に近づく生き方をしたい。」(同前)


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by kibouh1 | 2016-01-30 05:21 | 社会 | Comments(0)

原発でなくても

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「(ことばの食感)「あいまい」も、あいまい 中村明2016123日朝日新聞

 「太郎の好きな人」も「世話になった人」も「花を贈った人」も、誰をさすのかはっきりしない。「漫画の好きな子供」「かぼちゃの好きな人」であれば意味が一つだが、「太郎の好きな人」となると、そう簡単にはいかないのだ。「漫画」や「かぼちゃ」が誰かを好くわけはないが、太郎が誰かを好きになることも、誰かが太郎を好きになることもありうるからである。

 「世話になった人」の意味も、自分を世話してくれた相手にも、自分が世話をした相手にもなる。「花を贈った人」も、花の贈り主をさすとは限らず、花を贈った相手かもしれない。(以下略)(早稲田大名誉教授)」

そして、「あいまい」もあいまいだという。

原発が危険なことは事実が示しているのに、再稼働する国とはどういう国なのでしょうか。

「木質バイオマス光と影

発電所建設相次ぐ九州

林業活性化に期待

燃料の調達困難も

間伐材などを燃料とする木質バイオマス発電所の建設が九州で相次いでいる。国の 再生可能エネルギー固定価格買い取り制度 (FIT)の後押しがあるためだ。国内林業 の活性化に期待がかかる半面、立地が集中する地域では木材の調達が困難なケースもあるなど、課題も少なくない。(吉田修平) 」(2015121日西日本新聞)

邪魔者にされている木材ですが利用次第では再生できるのですね。

FIT価格(1キロワット時32) よりも割高な値段で、新電力に販売している。 同社では社員約40人のう ち、ほぼ半数が収集・運搬に携わる。発電に利用する木材の約4割を自主回収。社員が山林まで足を運んで木材を集め、自社工場でチッブ加工まで手掛ける。山下寿社長は「林業に携わる人々の高齢化が進んでいる。自分たちが回収することで、何とか必要な分を確保できている」と打ち明ける。初年度は、目標の売上高11億円を達成できそうだという。

原発1基に相当

九州経済産業局によるとFITが始まった2012年度7月以降、管内の木質バイオマス発電所の認定件数(10月末現在)21 で出力計935千キロワット。5千キロワット級が多いが、総出力は九州電力川内原発1基分(89万キロワット)と同程度だ。うち10(出力計約426千キロワット)が現在までに運転を開始した。(以下略)(同前)

木材自給率も30%台に回復したという。課題は価格が安定するかどうかのようです。


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by kibouh1 | 2016-01-29 05:25 | 原発 | Comments(0)

外出が困難な街

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戦争体験特集からです。

「父のはがきを 母に持たせて  68

5年前の128日、先の大戦の開戦日に96歳の母が 逝った。仮通夜の時、お寺の総本山から授かった戒名を捜していると、奉仕作務衣と一緒に戦地の父から母宛てのはがき5枚を箱の中 で見つけた。母の心のより どころだったのだろう。父は戦地からマラリアを

患って引き揚げてきた。病身では働けず、経済的に追い詰められていく思いを書いた父の紙片もあった。読んで、言葉を失った。

父が亡くなった後、母ひとりの稼ぎでは貧しかった。幾度、父が生きていたらと思ったことか。それでも多くの人に助けられて一家5人、生きてきた。最近、弟が県から父の戦歴を取り寄せた。南方の島を転戦したことが記されていた。あの昭和の戦争は日本に何をもたらしたのだろうか。出棺の時、父のはがきは母に持たせました。これで母の戦争もやっと、を終わったのです。」(20151218日西日本新聞)

ひところに比べて、道路事情や多目的トイレの整備は進んだと思っていましたが、まだまだ大変なようですね。

「紅皿 人生は続く

親友を亡くし、実父は胃がんの手術。子ども 4人のうち2人に大きな病気が見つかり、夫は けがで3カ月入院。嫌なことが立て続けに起こっていた。看護師の私がしっかりしなければと 思っていたが、まさか自分が歩行できなくなり、車いす生活になるとは・・・。定年まで働き、その後は親のサポートに回ると思っていたのに、自分がサポートされる側になってしまった。職業柄、障害のある方や病気の人たちの立場は、ある程度理解しているつもりでいた。しかし、この状態になって初めて気付かされることの多さに驚いている。まずは外出時のトイレの心配、駐車スペースに車いすマークや店内へのスロープがあるからと安心できない。車いすではトイレに入れず、使えない店が多い。また、平たんな道だと思っていた所が実は微妙に傾いており、車いすでの移動がつらい。傘が使えないから雨の日の外出が制限されてしまう。自力で歩く力は奪おれたが、こうして書く力や発信する力は奪われていない。大好きな仕事を離れて物悲しさを味わっていたが、今の自分にできることを考え、何かしら社会と関わっていきたい。人生は続いていくのだから。(51歳=福岡県直方市)(同前)


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by kibouh1 | 2016-01-28 05:58 | 支え合う社会に | Comments(0)

小泉氏の起用の背景は

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新聞の戦争体験特集からです。

「戦友の追悼録遺族のもとに  66

先の大戦に従軍した亡父は、多くの戦友を失った。 戦死を一片の公報ですます 軍の冷血さと形式主義に反発。戦友の追悼録5冊を隊の全員に呼びかけ、戦陣の合間にガリ版で編集、配布した。戦後、奇跡的に残った1冊を基に復刻、遺族ヘ送つた。「二度と戦争をしてはいけない」と1979年に反戦・平和を旗印に個人で戦争資料館も設立した。「愛国の至上に燃えて、ただいちずに戦った若き日の姿がまぶたに浮かび、目頭が熱くなる思い。戦争とがいうものの愚かしさをしみじみ感じ、何もかも戦争につながる犠牲でしかなかった」と・・・。遺族の涙は決して乾いてはいない。戦争の傷痕は深い。128日の開戦の日が巡ってきた。過去の教訓に学び、平和憲法を守り、不戦を貫く。どのような形ででも 新たな遺族を作ってはならない。」(20151211日西日本新聞)

選挙後に、社会保障の負担増が目白押しです。それで小泉進次郎氏を自民党内の社会保障組織の事務局長にするという。世論対策なのでしょう。そんなことより最賃対策が必要なのですが・・・。

「貧困改善 最低賃金アップを 大戸はるみ

子どもの貧困や女性の貧困 について解決方法を聞かれる ことがありますが、私は「最低賃金のアップ」と答えます。ひとり親家庭の場合、家事育児を1人で担うためフルタイ ムで働けずパートなど非正規 雇用になりがち。福岡県の現在の最低賃金は時給743 で、そのままの時給という求 人も多いです。そうなると所得はなかなか増えません。

ひとり親家庭が生活していくには最低年収200万円はほしい。週40時間働くなら時給千円ぐらいが理想です。しかし、そんな求人はないに等しく、月給制の正社員でも時給に換算すると850円だったり、サービス残業が当然のようにあったりするケースを よく聞きます。ハローワーク を通じて就職したあるシングルマザーは、求人票に書かれた勤務時間を大幅に超え、保育所の迎えを自身の親に頻繁に頼むことになったため、転職を余儀なくされました。仕事を探す場合、休日勤務もネックになります。日曜、祝日は保育所や学童保育が休むことが多いからです。台風やインフルエンザなどで休校になる場合も、預け先がないため休むことになり、職場で責められる例もあるようです。職場の最大の関心事は、仕事に支障を来さないかどうか。家庭への配慮はされにくいのが現状です。しかし、長時間労働を当然とせず、それぞれの家庭に配慮した職場づくりが、活気ある社会への第一歩になると思うのです」(同前)


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by kibouh1 | 2016-01-27 05:55 | 政治・行政 | Comments(0)

被害は防げるのでは

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「水俣病公式確認60年

「被害拡大防げた」研究者ら「交流集会」

水俣病問題の研究者や患 者支援者など約180人が 全国から集う「第11回水俣病事件研究交流集会」(熊本学園大水俣学研究センター主催)9日、熊本県水俣市で始まった。51 に公式確認から60年を迎え るが、問題解決には至っておらず、発生当初を知る参加者はあらためて、行政や企業の責任を指摘した。「不知火海ではふんだんに魚介類が取れていた。( 式確認前の)1952~53 年ごろには水俣病患者は発生していたはずだ」。原因

企業チッソに戦前から勤務した中村和博さん(92)は、同僚が「舌がしびれる」,と話し、発症した経緯を説明した。中村さんは「私は人殺しの片割れ。特に胎児性患者の人たちを見ると心苦しくてかなわない」と語り、会場に座る胎児性患者の坂本しのぶさん(59)に向かっ とて「本当にごめんなさい」と頭を下げた。(以下略)」(2016110日西日本新聞)

水俣病にはいろんな要因があると思いますが、原発の影響は国境を超えます。日本の玄海原発・韓国の釜山周辺の原発は国境を超える可能性があります。何らかの対応が必要ではないでしょうか。

「ベルギー老朽原発安全懸念

故障停止続発でも使用延長

【ブリュッセル共同】ベルギーの原発でトラブルによる停止が相次ぎ、周辺国のドイツやオランダ、ルクセンブルクが安全への懸念を強めている。 40年の使用期限を迎えた一部の運転を10年延長したことも不安視されており、ベルギー政府は周辺国との合同査察を実施する。

周辺国と合同査察ヘ

ベルギーでは現在、北部ドールと南部ディアンジュで原発計7基が稼働してい る。2025年までの全廃が法制化されているが、政府は14年、電力の供給不安からは15年に閉鎖予定だったドールの12号機の運転を10年延長することを決めた

また、原子炉圧力容器にひびが見つかり、検査では14 3月から停止した別の2 基について、規制当局は1511月、安全が確認できた として再稼働を認めると発表した。運転延長の手続きの間停止していた2基とひびのある2基はいずれも12月に再稼働した。しかし間もなく、うち2基が故障で一時停止。このほか、ティアンジュの1号機も12月、出火トラブルで一時停止した。ドール原発はオランダとの国境からわずか数キロ。ティアンジュ原発はドイツ、ルクセンブルクとの国境から60~70キロに位置する。重 大事故が起きれば「問題は 国境でとどまらない]3 国の議員や高官らは強調す る。(以下略) (同前)


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by kibouh1 | 2016-01-26 05:09 | 原発 | Comments(0)

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安倍政権の支持率は落ちません。強い支持層と弱い支持層のうち「弱い・・」の比重が高まっているので、実態を暴露しないと指摘する人もいますが、「同一労働同一賃金」を言いだします。実現するつもりがないと思いますが、選挙のためには何でもアリという感じがします。それに内山氏は、高度成長期を支えてきた人たちの強固な支持基盤があるという。

「「成功体験」とともに生活者としても成功してきたと感じてきた。いわばそれが自己のアイデンティティになっていると言ってもよい。この人たちにとっては、経済発展がっくりだす秩序は維持されなければならないものなのである。だから経済成長不要論や真の豊かさ論、競争の否定、助け合う社会の創造というような言葉をきくたびに不快感を感じる。そのような発想が社会を動かすようになったら、自分の「成功体験」が否定されかねないからである。

安倍政権の支持率がなおも一定水準を維持しているのは、この層の人たちがいるからだろう。この人たちにとっては、経済を軸にした戦後的秩序も、それを基盤とした社会秩序も 維持ざれなければならない。その守護神として現在の政権を みているがゆえに、たとえ個々の政策には批判はあっても、崩壊してはいけない政権なのである。」(「崩れゆく市場と国家の秩序からの解放」内山節)

強固な基盤はどうしたら崩れるのか。明確なものは、目の前の行動に参加し、支持することかもしれませんね。


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by kibouh1 | 2016-01-25 05:25 | 政治・行政 | Comments(0)

話せる図書館

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「通話録音詐欺対策に

電話などを使ってお金をだまし 取る「特殊詐欺」は減る気配がなく、警察庁によると、2015 10月末現在で特殊詐欺の認知件 数は11千件を超えています。特殊詐欺の被害に遭わないために有効とされるのが、電話に通話録音装置を取り付けることです。電話の着信時に「この電話は振り込ぬ詐欺などの犯罪被害防止のため、会話内容が自動録音されます」などの警告メッセージが流れ、通話内容を自動的に高音質で録音することができます。()貸し出ししている自治体もある。」(2016114日西日本新聞)

詐欺がこんなに多いのは問題ですね、

図書館の話題では、新刊書が売れないとか、ツタヤ委託の問題などがありますが、年寄りにも頼りにされている施設でもありと思います。ですが、大学図書館の話題です。

「飲食しながら学習、読者もOK

話せる図書館利用倍増

福岡市東区の福岡工業大が昨年10月下旬、本部棟315階の 付属図書館を全面改修し、3 フロアのほとんどを話し合いや軽い飲食ができるようにしたところ、入館者数が2倍以上に増 えたことが分かった。「図書館 は静かに読書や学習をする場 所」というイメージを一新し、学生がそれぞれの目的に応じて自由に使える空間にしたことが、利用を促進しているようだ。同大によると、改修で最も変化したのが3階。以前は飲食や私語は基本的に禁じられていたが、改修後は声を出して行うグループ学習やプレゼンテーション、話し合いなどができるエリアを随所に設け、ペンで書き込めるホワイトボードや、プロジェクターとスクリーンなどの設 備も配置。余裕を持って置かれ たテーブルでは、弁当やカップ 麺などにおいがするものを除 き、飲食しながら学習や読書が できる。語学教材や映画、音楽などを視聴できるブースもある。 45階は、従来通り私語が禁じられ、4階はテーブルに一人一人の仕切りを設けて学習や読書に専念できるようにし、5階は1人で調査や研究に没頭できる完全個室も設けた。改修事業費は25千万円。(以下略)(同前)

いろんな工夫がありますが、公立図書館の民間委託はどうかと思っています。


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by kibouh1 | 2016-01-25 05:00 | 支え合う社会に | Comments(0)

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「気流

家族に受験生がいると、これまで気にしなかっただろうニュースに目がとまる。例えば、京都大が発表した「入学試験における時計の持ち込みについて」。通信機能や計算機能を備えた腕時計用型のウエアラブル端末の普及を受け、受験生に試験室内での腕時計、置き時計など各自の時計の使用を禁止すると発表した▽対応策として全試験室に電波時計を設置する。入学試験の公平性確保が理由だが、そこまで乏しいカンニング対策が必要な時代かと考え込む。16.17日行われる大学入試センタ―試験は、腕時計自体は大丈夫だが、こうした機能をもつ時計型端末の使 用は禁止だ▽センター試験の監督者は時計を見分けられるのか。大学入試に限らず、試験は時間との闘いだ。いずれ眼鏡型のウエアラブル端末の対策が必要になるかも。近視の身には気になる動きだ。」(2016115日西日本新聞)

技術の進歩とカンニングと監視する側との知恵比べが続いていくのでしょうか。

廃棄食品の転売はあきれたものですが、まだ食べられるものを廃棄しているとすれば、そこからも考えてみる必要はないのでしょうか。

「(天声人語)あきれた廃棄カツ横流し 2016120日朝日新聞

 テレビなどで人気だった流通ジャーナリストの故金子哲雄さんに『「激安」のからくり』という著書がある。安売り店の良しあしをどう見分けるか。ゴミ箱をチェックする、と書いている。ゴミがあふれている店は駄目。従業員の目が行き届いていない証拠だ。一事が万事と、金子さん▼ゴミ箱の確認は容易でも、棚に並ぶお買い得商品が元を正せばゴミだったと見破るのはさすがに難しい。有名カレーチェーンが産廃処理業者に処理を委ねた冷凍のカツが横流しされ、店頭で売られていた。異物混入の疑いがある商品だ▼全容の解明はこれからだが、この産廃業者はカツ以外にもフライドチキンなどの商品を横流ししていたらしい。昨日の朝日川柳に〈消費者が処理をしていた廃棄物〉とあった。事態の倒錯ぶりが伝わってくる▼食の安全に関してはトレーサビリティーという言葉がある。直訳すれば追跡可能性。生産から加工、流通まで、食品の移動を詳しく記録しておくことをいう。記録を見れば、食中毒の原因や産地偽装の事実関係などの解明につながる▼この観点から今回の問題を見るとどうなるか。農水省によると、カツを産廃業者に委ねた時点で食品でなくなる。従って移動の記録対象でもなくなる。ゴミが再び食品に化けるなどという事態は「想定外」か▼安い商品はありがたい。しかし、冒頭の金子さんも指摘していたように、安さを追求し過ぎれば産地も流通もひずみ、ひいては消費者の暮らしにもしわ寄せが及ぶ。」

廃棄物は食品ではないという。一方で食糧不足に悩む人たちもいます。何か活かす道もるようにも思えますが。


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by kibouh1 | 2016-01-24 05:24 | 社会 | Comments(0)

助けられない

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「デスク日記 > 夢を見た-

 夢を見た-。大火砕流が発生し、焼け残った建物の屋上で助けを求める人たちがいた。ヘリコプターで上空から取材していた私は救出すべきか、撮影を続けるか迷った。そのうち新たな火砕流が発生…。そこで目が覚めた。

 大きな災害が起きるたびにネット上で「取材するより救出が先だろう」などの書き込みを目にする。一般の人からすれば、ヘリはどこでも簡単に離着陸できると思うかもしれない。だが、飛行場以外の場所に許可なく着陸するのは難しく、仮に降りられたとしても、その場所が安全かどうか分からない。着陸時の風圧やローターに人が巻き込まれる危険性だってある。

 2011年の東日本大震災の被災地を空撮したカメラマンが、ある本の中でこう書いている。「ごめんなさいね…。僕たちは撮ることしかできない。助けてあげられないんだ」と。助けられるものなら、助けたい。カメラマンの思いは皆同じだ。 (納富猛)=2016/01/16 西日本新聞朝刊=」

ヘリで助けることはできませんが、真実の報道で助けることはできるのではないかと思う。

過去の戦争ではこんなこともあったという。

「軍の番記者 悔い抱え

報国報道にペンを握ったのは、外地で従軍した記者だけではなかった。 19454月以降、西日本新聞の上野文雄記者は 鹿児島の陸軍知覧飛行場をたびたび訪れている。〈笑顔に振武の鉢巻きりり・沖縄周辺の敵艦激減〉〈戦機「熟す「全機特攻」〉・・・。「軍時報道班員」の腕章を巻き、西特攻隊員の雄姿や戦果一を次々と文字にした。

ある大尉については〈先陣を切って愛機を滑走路に出た〉と書いた。その裏では、戦死を知った妻が心労で母乳が出なくなり、幼子が命を落としたとされる。もちろん、そうした事情には触れていない。軍神は死をも恐れず散華し、遺族は気丈に受け止める。上野記者の記事もまた、報国で一貫していた。 軍報道班員とは、つまり「軍の番記者」である。当時29歳だった上野記者も、 西日本新聞のエース格として健筆を振るった。

陸軍による特攻戦死者1036人のうち439人が、出撃した知覧飛行場にも、一番記者が集った。跡地に建てられた知覧特攻平和会館によると、多いときで新聞社やニュース映画社か5060人は来ていたという。 しかし、番記者たちの後方支援もむなしく、間もなぐ戦争は終結する。上野記者は福岡市にあった第六航空軍の記者室で玉音放送を聞いた。戦後に書いたコラムでは、特攻隊の勇姿が浮かび〈両眼から、くやし涙がボトボト落ち始めた〉と書いている。(以下略)

結局、戦意高揚に利用された歴史があります。だが、最近では西日本新聞は「子ども食堂」のキャンペーンをはり、地域での活動のほりおこしに成功しているように思います。国民の中にいる「なんとかしたい」という思いを形にしたように思います。できることは沢山あるように思います。新聞の現代的な役割ではないかと思います。


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by kibouh1 | 2016-01-23 05:32 | 平和を | Comments(0)