気ままなつぶやきです


by kibouh1

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それでも再稼働へ

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これが原発の実態なのに再稼働するという。

「福島第1原発ルポ

17000人が作業

近づけぬ2号機 柱はひしゃげたまま

高線量廃炉阻み続け

東京電力福島第1原発では、 汚染水問題や依然高い放射線量で困難な廃炉作業が続いている。事故発生から間もなく4年となる現場を共同通信記者が25日、取材した。構内では1日に 6千~7千人が作業に当たり、除染は進んでいるが、燃料が溶融した1から3号機周辺は特に放射線量が高く、近づくことも困難だった。

白いつなぎの防護服に口と鼻を覆うフィルター付きのマスク、ゴーグルを着けてパスで敷 地海側ヘ向かった。南側にある4号機近くでバスを降りて山側を北に歩くと、並んで立つ3号機の原子炉建屋が見えた。水素爆発で崩れた建屋上部は大型クレーンでがれきが撤去さ

れ、他の号機よりも一段低くなっていた。3号機では早ければ2015年度中に使用済み核燃

料プールからの燃料取り出しが始まる予定で、遮蔽材などを支える構台が建屋を囲むように建てられた一方、34号機の間にはひしゃげた柱やがれきがそのまま残っていた。 東電の担当者が測定する放射線量は4号機周辺の毎時約35マイクロシーベルトから3号機方向に進むにつれみるみる上がり、担当者が「早く!」と大声を上げる。3号機横に差し掛かった辺りで毎時2 80マイクロシーベルトに達すると、担当者が「この辺でもうやめてください!」と叫び、2号機に近づくことはできなかった。」(2015227日西日本新聞)

廃炉に40年以上かかるという。安い電力と言うが、廃炉コストは含まれていない。安いからと言う根拠は何の意味もない。

「再稼働反対デモ、九電本店に 11万人分の署名提出 [福岡県]

 再稼働反対を訴えながら九州を縦断してきたリレーデモ隊は27日午後2時すぎ、福岡市中央区の九電本店前に到着。デモを主催した市民団体「ストップ再稼働!3・11鹿児島集会実行委員会」の向原祥隆事務局長は、集まった約200人を前に「九電は一度も住民の前に出てきていない。公開説明会を開くべきだ」と訴えた。九州各県の反原発団体のメンバーも次々とマイクを握り、気勢を上げた。

 約100人はその後、本店内を訪れ、川内原発再稼働の反対を求める11万2846人分の署名を提出。応対した広報担当者から、4月に提出していた公開質問状に対する回答を口頭で受けた。質問は原発周辺の活断層や基準地震動など詳細に及び、4時間を過ぎてもやりとりはほとんどかみ合わなかった。(以下略)=2015/05/28 西日本新聞朝刊=」


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by kibouh1 | 2015-05-31 06:52 | 原発 | Comments(0)

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新聞の戦争体験特集からです。

「守備隊長の墓 林にひっそり 65歳

天皇陛下がきのう9日、 西太平洋パラオのペリリュー島を訪問された。先の大戦末期この島では米軍と日本軍守備隊との間で壮絶な戦闘が行われた。当時の中川州男守備隊長はこの島に無数の洞窟陣地を掘り、米軍が3日で片付くと豪語した戦いを73日間も持ちこたえ、米軍に甚大な損害を与えて46歳で玉砕された。今なお多くの遺骨が眠るこの島に陛下が来られたことで、散華された中川隊長をはじめとする英霊はどれほど慰められただろうか。

その中川隊長のお墓が熊本市内にあると知人から聞いて、思い立った。立田山自然公園の登り口にある霊園を随分時間をかけて歩き回り、やっと見つけることができた。祖国を守るため自らの命をささげられた隊長のお墓が、このような目立たない林の陰にひっそりと立っていることに驚いた。どこか申し訳なさを感じ、涙があふれた。

彼らの死を無駄にせず、日本と世界の平和のために私もしっかりと自分の務めを果たすことを霊前にお誓いした。」(2015410日西日本新聞)

「再び激戦地ヘ無慈悲な戦略  91歳

私は昭和19年春から福岡城跡(福岡市)にあった陸軍部隊で人事係助手をしばらくしていたので、戦争の裏側を少し見た。太平洋戦争の緒戦は日本軍の連戦連勝だったが、昭和178月に南太平洋のガダルカナル島に米軍が上陸し、大反攻が始まった。 約半年聞のガ島争奪戦で日本軍は25干の兵を失 った。昭和182月、敗残の兵を軍艦で撤収させた。 その直後の日本陸軍指導部(東京)の人事政策は無慈悲なもの。ガ島からの撤退兵11千人は長期間の悪戦苦闘の生き残りだから「ご苦労だった」と激戦地でない戦線ヘ移動か?と思

えば、そうではなかった。再び激戦地ビルマ(現ミャンマー)ヘ送った。敗戦体験兵の口に戸は立てられないので、死線ヘ送ったのか。私の長兄はビルマ戦線で負傷し、終戦の翌月、タイの病院で死亡した28歳だった。」(同前)

戦争法案でリスクはないとした総理も、ここで自衛隊員の犠牲を述べた。戦死の意味を理解しているのだろうか。敵がそこにいるという理屈で・・・。


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by kibouh1 | 2015-05-30 06:16 | 平和を | Comments(0)

民族紛争とは分からない

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新聞の戦争体験特集からです。

「戦力の差歴然進駐軍の訓練 84歳

昭和208月下旬、アメリカの進駐軍が日本に到着。私は学徒動員から学校に戻り、授業が再開された。2階の教室からは席田(むしろだ)飛行場(現福岡空港)の滑走路のはるか向こうまで見渡せた。爆音も高く、数十機のグラマンが飛来し、旋回して滑走路上すれすれまで降下して上昇、飛び去っていった。私たちは空襲の危険もなく、校舎の窓に鈴なりになって見ていた。タッチアンドゴーだ。旧日本軍も飛行訓練でやっていたそうだ。「雑巾掛

け」、と呼んでいたようだ。

サッと地上を拭いて上昇する。的を射た言葉だ。その数日後には双胴のロッキード編隊が同様のタッチアンドゴーを行った。 数分間の「航空ショー」。戦力、数量、性能の差をまざまざと見せつけられた。」(2015424日西日本新聞)

「憎しみと不信乗り越え

民族紛争 小松太郎 上智大教授

教育行政官として着任した初日、国連コソボ暫定行政ミッションが入るビルの屋上から見た光景は今も忘 れません。残っている家やアパートのほとんどが、砲撃で屋根を吹き飛ばされていました。全壊した家屋もたくさん見られました。以前はオレンジ色の屋根が美しい風景だったそうです。派遣されたのはペヤという、コソボ紛争で最も破壊された地域です。極度の混乱状態にありました。担当した小中学校は約140校。学校の状祝も悲惨でした。堅固な建築の校舎をゲリラが使っていたため、攻撃の対象になり、ほぼ完全に壊れていました。

その中で教育をどう再生 するか。国連の予算もそんなに多くはない。暫定行政ミッションのフランス人トップは「爆弾1個分のお金で教育問題は解決できるのに」とこぼしていました。子どもも先生も紛争のトラウマ(心的外傷)を残したままです。アルバニア系と セルビア系の民族間の憎しみや不信が根深い。私のアシスタントを務めてくれた現地スタッフはアルバニア系の若者です。セムルビア系学校のためにも懸命に住事をしてくれましたが、仕事を終えた後に必ず「彼らはセルビア系ですから、信用できませんね」という言葉を口にしました。そんな雰囲気では簡単に「平和」や「民族融和」の言葉は使えません。言えば「あなたは何も分かっていない」となる(以下略)(同前)

コソボについては次のように説明されています。

「コソボ紛争

バルカン半 島中部のコソボは、第2 世界大戦以降、旧ユーゴスラビア、セルビアの自治州だった。人口の9割を占めて分離独立を求めるアルパニア人とセルビア人の民族紛争が1990年代後半から激化。アルバニア系住民1万人が死亡したとされる。北大西洋条約機構(N ATO)が介入し、セルビアを大規模空爆。セルビアが撤退した後、国連の文民' 機構コソボ暫定行政ミッシ ョンが統治した。2008年、コソボ議会が独立を宣言。米国や英国、日本などは承認したが、セルビアは反発した。」(同前)

日本ではどうなるのだろう。沖縄の独立論が強まっていますが、それでも、民族紛争になるのでしょうか。日本とは違う民族の歴史があるのだろうが、民族の違いだけでこうした殺戮になるのか。他の要素はないのだろうか。


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by kibouh1 | 2015-05-29 06:02 | 平和を | Comments(0)

政権の感覚が分からない

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2015522日西日本新聞

仲畑流・万能川柳:パート評人事考課はよく当たり

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆パート評人事考課はよく当たり 高槻 かうぞう

友人の欄にテレビと書いた祖父 久喜 宮本佳則

近くまで来たと夕方独り者 宝塚 忠公

単身の夫の部屋がきれいすぎ 米沢 佐藤陽子 (以下略)」

そんなことより、戦争法の見直しなどに力を入れたらどうか。戦争法の延長かもしれませんが。

「NHK:「やらせ」自民が2回目の聴取  毎日新聞 20150522

 自民党の情報通信戦略調査会(川崎二郎会長)は21日、NHKの報道番組で「やらせ」があったとされる問題で、NHK幹部を党本部に呼び、やらせを否定した調査報告について説明を受けた。この問題を巡って調査会がNHKから聴取するのは2回目。会合は非公開で行われ、NHKの堂元光副会長らが調査報告について説明した。出席した議員によると、質疑はあったが、NHKに対する要望は出なかったという。」


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by kibouh1 | 2015-05-27 06:41 | マスコミ | Comments(0)

ガラケーの価値は

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画期的な判決だと思います。行政の意向を忖度した再雇用拒否という差別に対するものとして評価できるように思いました。

「都に5370万円賠償命令 君が代不起立で再雇用拒否2015526日朝日新聞

 卒業式などで「君が代」斉唱時に起立しなかったことを理由に定年後などの再雇用を拒否されたのは違法だとして、東京都立高校の元教職員22人が、都に計約2億7400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、東京地裁であった。吉田徹裁判長は「裁量権の乱用で違法」と認め、都に総額約5370万円(1人あたり約210万~260万円)の支払いを命じた。

 訴えたのは、斉唱時の起立を命じた職務命令に違反し、2007~09年に再雇用を拒否された元教職員。

 判決は、元教職員らは「卒業式などを大きく阻害しておらず、違反の程度は重くない」と指摘。都教委の判断は「不起立を不当に重く見ており、裁量権の乱用だ」と結論づけた。「ベテランの知識や経験を活用する再雇用制度の趣旨にも反する」と指摘した。

 原告の永井栄俊さん(68)は「我々は見せしめにされたが、判決は違法としてくれた。現場への影響は大きい」と喜んだ。都の中井敬三教育長は「大変遺憾。判決を精査して今後の対応を検討する」との談話を出した。(千葉雄高)」

次の投書には深く頷きました。

「(声)ガラケーは地味でも堅実な相棒 27歳  2015525日朝日新聞

 ある携帯電話大手の社長が先日、「ガラケーは必要ないんじゃないか。きれいな写真が撮れたり、音楽が聴けたり、どう考えてもスマホの方が優れている」という発言をした。

 「お金になるスマホを売るのに、ガラケーが邪魔なのだろうか」と残念に思う。どちらが優れているかを決めるのは、利用者ではないだろうか。私のように、従来型の携帯電話の方が気に入っている人間もいるのだから。ボタン操作は容易だし、画面を指紋で汚すことも少ない。

 スマホとは言わば、ポケットサイズのパソコンだ。いろいろこなせて、確かに便利だ。しかし、私が携帯電話に求めるのは、時々家族や仲間と連絡を取り合うための通話とメールができること。音楽もプレーヤーで聴くし、写真はカメラで撮っている。

 スマホでネットサーフィンやゲームに興じるよりは、紙の本をめくることに時間と指先を使っていたい。こんな「時代錯誤」な若者にとっては、ガラケーは少し地味かもしれないが、堅実なパートナーなのである。」

企業的にはこうした発想が歓迎されるのだろう。だが、異物混入のファストフードの社長の最初の会見と似た空気を感じました。本当にお客のニーズに沿って行こうという姿勢が感じられないからです。スマホの小さな画面は私などはもう無用のものです。


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by kibouh1 | 2015-05-26 13:33 | 社会 | Comments(0)

総理は満足・国民失望

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新聞への投稿です。

「自衛隊の派遣 米国の筋書き 85

安倍首相は米国を訪問して、オバマ大統領と日米首脳会談を行い、続いて日本の首相としては初めて上下両院の合同会議でも演説をした。米国側の歓迎ぶりは予想以上で、安倍首相は大いに気をよくして帰国した。日米のきずなが強まったことは喜ばしい限りだが、そうとばかりも言ってはおられない。ことは米国側の筋書き通りに進みすぎてしまっている。かつて世界の警察官として君臨してきた米国も、湾岸戦争やイスラム過激派との戦闘で、際限のない軍事期費と人の投入を迫られ、国民には厭戦気分が充満している。そうした中に日本の首相が出掛けていって、地球の反対側まで自衛隊を派遣しますと約束することは、米国にとっては願ってもない展開だろう。そんな客を粗末にするはずがないことは自明の理だ。これから国会で、集団的自衛権の発動をめぐって論戦が始まる。国民の生命財産を守るためにはどうすべきなのか。歴史を踏まえたうえで、腰の据わった議論を期待したい。」(2015523日西日本新聞)

得意気に演説する総理に笑ってしまいました。自己陶酔のように見えたからだったのか、はっきりとは記憶していないが。自民党内からも異論が出ています。もう、以前の自民党ではないのです。

「恐れていたこと進む」

自民長老3氏が苦言

自民党の野中広務元官房長官 と古賀誠元幹事長は22日、テレビ番組の収録で、新たな安全保障法制について「専守防衛の理念が捨てられ、リスクが大きくなっている」などと批判した。山崎拓元副総裁も21日に都内で 講演し、法案の今国会成立にこだわらず、慎重に審議するよう求めた。安倍晋三政権の安保法制に党内の現職議員からほとんど異論が出ない中、リベラル派 OBの積極発言が目立つ。 古賀氏は「(他国軍の)後方支援で自衛隊が地球の裏側まで行くようになる。恐れていたことが進んでいる」と懸念を表明。 集団的自衛権行使の例として、首相が中東・ホルムズ海峡の機雷掃海を挙げたことに対して「考えられない事態を例にしてごまかしている」と語った。

野中氏は、20日の党首討論に 触れ「首相は具体的に質問に答えようとせず、国をどういう方向に持っていきたいのか分からない」と苦言を呈した。山崎氏は、自衛隊の後方支援が拡大することで「必ず相手国の攻撃対象になるのに、どの程度の武装をしていくのかという基準もなく、首相は『安全だ』と言うだけだ」と指摘した。3氏とも議員を引退したが、首相に批判的な立場を取っている。(山口卓)


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by kibouh1 | 2015-05-26 06:19 | 平和を | Comments(0)

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新聞の戦争体験特集からです。

「植民地化から逃れた敗戦国 89

先の大戦後70年、今日の 日本人は「敗戦」と「植民地」を実感できない世代が大多数を占める。今になって日本軍人など65万人が捕虜として旧ソ連のシベリア ヘ連行されたと聞いても、ホぴんとこないであろう。戦場にいた私は銃殺されるのか、または集団自決か、捕虜か・・・。頭は錯乱したが、とにかくシベリアへの抑留となった。その地は極寒地。苦しみに耐えに耐え、丸4年間、よくぞ生きて帰国で きたと感慨無量。引き揚げ船では、本土は焦土と化し、外国の植民地になっているとの話であった。が、緑、緑:・の日本が。近づくと「国破山河在」でただ感涙。

帰国後、戦勝国ソ連は南樺太、千島列島、北海道北半分の占領を要求したと知った。米国のトルーマン大統領は北海道を拒否。さらに米英は日本を植民地とせず、欧州の人々はアフリカやアジアの植民地と比し、なぜ日本だけ違うのかと不思議に思っているようだ。日本人としてあらためて「植民地」にならなかったありがたさをよく考えてほしいと思っている。」(201551日西日本新聞)

シベリア抑留も大きな問題ですが、核廃絶も大事ですね。日本でも、アメリカでも、戦争責任が明らかにされないままにきて今の状態があるのではないか。でも、核廃絶は進まないが、若者に受け継がれていると知り、心強く思いました。

「核廃絶「学び、考え、行動を」 長崎の学生、国連本部で訴え

 【ニューヨーク上野洋光】若者たちが核兵器廃絶や世界平和に向けた活動を発表するユースフォーラムが4月30日、核拡散防止条約(NPT)再検討会議を開催中の国連本部であった。核兵器廃絶を目指し、広島、長崎など国内外6600余りの都市の首長などでつくる非政府組織(NGO)「平和首長会議」の主催。長崎大の学生は「自分たちで学び、考え、行動を起こすことが大切」と訴えた。

 日本から参加したのは、広島、沖縄両県の高校生計12人と長崎大生の2人。海外からは、タイの大学生2人が参加し、インドの若者がビデオでメッセージを寄せた。広島、長崎両市の市長も出席した。

 発表に立った長崎大の秀(ひで)総一郎さん(20)と佐々木朋哉さん(20)は、「被爆者がいなくなった後も、核廃絶の取り組みを次世代で引き継ぎたい」との思いから、核をめぐる国際情勢や各国の取り組みの違いを学ぶ勉強会を重ねてきたことを英語で紹介した。秀さんは「もっと世界の若者に核の問題に関心を持ってもらえるような方法を考え出す必要がある」と強調した。

 2人は5月中旬までのニューヨーク滞在中、平和を願うメッセージを集め、将来的に原子力発電の廃止を決めたドイツの学生と原発の是非を話し合う討論会にも参加する予定。

 田上富久長崎市長は「人間に核兵器はいらないという被爆者の思いが若い世代に伝わっていることを確信した」と話した。=2015/05/01 西日本新聞=」


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by kibouh1 | 2015-05-25 06:44 | 原発 | Comments(0)

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「核一発も残すな

国際平和会議を開き、長崎で被爆した谷口稜暉さん (86)が「青い地球を残すため、核兵器は一発も残しちゃいけません。廃絶の声を世界に広めましょう」と呼び掛けた。

「ノーモア・ビバクジャ、 ノーモア・ウォー」。谷口さんは講演の最後に、背中の大やけどの痕を写した自身の写真を掲げながら、かすれがちな声で訴えた。立ち上がって拍手を送る人もいた。講演の大半は英語通訳による代読の形。痛みに苦しむあまり「殺してくれ」と叫んだことや、手術を繰り返しながら生きてきたことが語られた。」( 2015426日西日本新聞)

谷口さんは人生最後の訪米になる覚悟だという。車いす利用しないと移動も困難だという。その活動に心から頭を下げています。でも、若い力が引き継いでいる報道もあり、勇気づけられます。

17歳問う被爆国の責務

長崎市・署名活動する小柳さん

「核兵器禁止賛同を」

「唯一の被爆国なのに、核で国を守ろうとするのは間違っている」ともどかしさを募らせる。父方の祖父母が長崎原爆で被爆した小柳さんは、毎週日曜、仲間とともに街頭に立ち、署名を集めている。昨年夏、ユース非核特使としてジュネーブ軍縮会議の全体会議で演説し「広島と長崎で起きたことを風化させてはならない。若者が立~ち上がることで平和への道は開ける」と訴えた。

1月、「核兵器の非人道性に関する国際会議」の議長国オーストリアが核兵器禁止への努力を誓い、国連全加盟国(193カ国)に送った文書を読み「この内容は被爆者や私たちが求めていること。本も賛同しなければ」と確信した。だが、核保有国は不賛同を表明し、日本も「交渉の機は熟していない」と否定的な立場。日本政府は再検討会議でも核兵器禁止には

踏み込まず、保有国に核戦力の透明性や削減交渉の実施を求める方針だ。

小柳さんは考える。日本が賛同すればドイツ、カナダといった「核の傘」の下にある国の意識も変わり、核軍縮への道が一気に広がるのではないか。不賛同なら、日本の発言は説得力を失い「核のない世界」の実現は遠のくのでは| 軍縮会議での演説以降、被爆3世としての自覚と責任を強く感じるという小柳さん。「核で守られる暮らしが豊かだとは思えない。なぜ禁止できないのか説明してほしい」。3月、日本政府にオーストリアの文書に賛同するよう手紙で求めたが、返事はない。」(同前)

戦争法制も、核廃絶を求めない政府も、アメリカ追随の政策だと思う。


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by kibouh1 | 2015-05-24 06:12 | 平和を | Comments(0)

戦争体験を読む

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戦後70年で、戦争体験が紙面に増えています。

「みんなの広場:父の戦争体験を語り継ぐ=62歳  毎日新聞 20150520

 「戦争を知らない子供」である私は、近ごろの世の動きに危うさを感じております。それは父の影響でしょうか。

 父は、1939(昭和14)年に入隊、中国東北部に派遣され、伊豆大島で終戦を迎えました。子供の頃、父は私にアルバムを見せて、質問に答えてくれました。中には衝撃的な話もありました。そして、「戦争はいけない、だまされた」で話を終えるのを常とするのでした。その父が亡くなり16年。戦争を語れる方も激減しています。そこで私は「語り継ぐ父の戦争体験」を書き上げ、それに575も付けてみました。「スパイ討つ銃剣止まる人ゆえに」「銃持たぬ兵を椿(つばき)と見送りぬ」。今思えば、子供には語れないことも多くあったのでしょう。その父が生きていたら、戦争へと向かう現政府の動きをどう語るのでしょうか。父が愛した庭の草花を見ながら自問自答しています。」

「空襲後の姉弟絆信じ糸島ヘ  81

昭和20619日の福岡大空襲の翌日、学校から戻るると、男女2人が訪ねてきておりました。母の申すに、薄汚れた男女が庭先に突っ立っているのを見てびっくり。男の人は確かに見覚えのある学生さん。しかし、なにゆえ着の身着のままの姿で立ちすくんでいるのか分からない。問い掛けると「昨夜の空襲で・・・」。その一言で万事を察した。五右衛門風呂銀しゃりでもてなしたそうです、2人は四国出身の姉弟。弟は 中学修猷館の生徒さん。昨年、わが家の稲刈りに学徒動員として手伝いに来ていた人だったのです。話によると、下宿先が空爆で火の海となった。何とか逃げたものの、行く当てもなし。思案の末「か.細い」絆を信じて飲まず食わず夜を徹して糸島のわが家を目指したとのこと。

弟は1泊後、学友の安否を確認と実家への連絡のために戻ったと聞きました。あの2人の安否を案じていまこす。」(2015315日西日本新聞)

「落ちた戦闘機碑に彼の名が 82

「溝辺町水尻原に日本の戦闘機が落ちた」。今から70年前。突如、入った知らせに、鹿児島県溝辺町(現霧島市)に住んでいた12歳の私は仲間数人と現場に駆けつけた。畑の中に機首を突っ込んだ機体。土の中に埋まったプロペラ。翼に描かれた日の丸。確かに、それは日本の戦闘機だった。のぞき込んだ機内には、首に白い布を巻いた若い搭乗員が操縦かんを握ったまま、息を引き取っていた。国分海軍航空隊第二基地 (現鹿児島空港)まで3キロ

の地点。操縦席の前には、母親らしき写真と小さな人形。深く頭を下げるような姿勢であった。当時は命の重みを理解できず、またそんな時代でもなかった。

月日は巡り、私はあの日 見た特攻兵士の名前を70年を経て知った。故郷の溝辺町に帰省した際、偶然訪れた上床公園の特攻鎮魂の碑に、国分第二基地から出撃した179人の特攻兵士の名が刻まれていた。水尻原(現の戦闘機のことも。「昭和二十年五月十一日出撃。第五筑波隊中村邦春」。情景を思い出した瞬間だった。に戦争は失うものが多すぎる。あの時代を生きた私たちは、その事実を風化させることなく後世に伝えていくべきだろう。)(同前)


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by kibouh1 | 2015-05-23 06:57 | 平和を | Comments(0)

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2015518日毎日新聞

仲畑流・万能川柳:幸せのコツは自己満足なのよ

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆幸せのコツは自己満足なのよ 久喜 宮本佳則

美人の湯美肌と変えて客が増え 呉 定年誤

50年ゆっくり戻るクラス会 寝屋川 きよつぐ (以下略)」

テレビ朝日にもそうですが、NHKに対する圧力はどういうことでしょうか。総理はアメリカ議会で夏までに戦争法を通過させると言明。自民党幹事長は、総理はどこの国の人なのかという批判に対して、言論の自由だという。この程度の理解なのか、苦しまぎれか知らないけど。

「テレ朝ヘ圧力 自民に嫌悪感  42

元経済産業省の古賀茂明氏がテレビ朝日「報道ステーション」からの降板に関して「官邸側から圧力があった」と発言した。これを問題視し、自民党がテレ朝幹部を事情聴取したことに「報道機関を萎縮させかねない」と批判が相次いでいる。

テレビ局は国から放送免許を与えられなければ業務ができない。今回の聴取は「適切な対応を取らなければ免許剥奪も」と、テレ朝をけん制するパフォーマンス的な意味合いが強い。古賀氏の発言の真相を明らかにすることは重要だが、それを利用するかのように露骨な圧力をかける政府、与党には嫌悪感を抱く。政治報道は支持率や選挙結果に影響し、報道機関は中立が求められる。一方、権力の暴走を監視するため、常に批判的な視点をもたなければならない。特に、与党が圧倒的多数を占めている現在、報道機関は野党の役割をも補完する。報道機関ヘ政治的圧力をかけてはならず、また何よりその圧力に屈してはならないことは絶対だ。」(201552日西日本新聞)


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by kibouh1 | 2015-05-22 06:31 | マスコミ | Comments(0)