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気ままなつぶやきです


by kibouh1

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戦争になったらどうなる

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「非戦闘地域で 異常な自殺率 74

先月の本紙「国防を問う」を読んでがくぜんとした。約10年前、イラク派遣から帰国した40代の自衛隊員が、帰国後にストレス症状が深刻化、自から命を絶った。200309年のイラク派遣後に自殺した隊員が 13年度までで28人。自殺率は国民平均の十数倍という。「非戦闘地域」でさえ、この「異常な高さ」(元陸自幹部)である。安倍内閣は集団的自衛権の行使を容認した。武力行使も可能になる。人道支援であっても「イスラム国」から狙われる現状を生み出合したのも安倍首相。このまま突き進めば、死者が増え続けること必至である。「積極的平和主義」を唱える首相にとって、国民の命より他国の顔色をうかがうことの方が大事なのだろうか。「平和憲法」を変えてまで犠牲を強いるのであれば、本末転倒だ。

戦後70年の節目、大戦未経験の安倍首相に振り回されないよう、国民は真の平和を守り通すためにも、憲法改悪を何としても阻止したい。」(201539日西日本新聞)

専守防衛の自衛隊のはずが、戦争をする軍隊になる。なのに、自衛隊は高齢化し、内部での暴力も増えているそうです。戦争を自分の遊びのように扱っているようにしか見えない。国民に向けては威張り、アメリカに媚びを売る政治で良いのか。もはやかつての自民党政権ではない。極右政権なのに、国民は考えようとしていない。


by kibouh1 | 2015-03-31 06:05 | 平和を | Comments(0)

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若い頃、誰にも腰を低くして、自分の意見は控えている人たちをなんとなく軽く見る態度があり、友達が増えませんでした。だけど、有名な研究者に会うと、ほとんどの人たちの謙虚さに大いに刺激を受けました。次の一文に改めて教えられました。

「(はたらく気持ち)天国の父に戒められた三代目 田中和彦2015321日朝日新聞

 Gさん(男性、46歳)は、創業67年目を迎える東京都内の印刷会社の社長。祖母の弟が創業し、後を継いだ父から3代目としてバトンを渡された。(略)

(留学から)帰国後は父の会社に入社した。和を大事にしようと野球部を作り、「4番・エース」で印刷業界の大会で優勝。出版業界の大会でも助っ人として大活躍し、その関係の取引先から次々と仕事を取ってきた。

 全能感にあふれ、「俺は何でもできる」と天狗(てんぐ)になった。そんな折、知人から誘われた副業にも精を出し始めた。それを耳にした父から叱責(しっせき)され、「じゃあ、辞める!」。家を出た。

 25歳で一人暮らしを始め、副業を本業にすると、意外にうまくいかない。その後は遊技場のスタッフ、警備員、配送の運転手などの職を転々とした。徐々に友人の結婚式にも呼ばれなくなり、孤立。「あの時が人生のどん底だった」。その後、教材の訪問販売で営業の基礎をたたき込まれ、なんとか復活した。

 32歳の時に、父の会社の経営が悪化し、廃業の危機から救うために呼び戻された。社員数は以前の半分になっていた。

 一社員として現場で再スタート。ちょうどサッカーの日韓W杯の時期で、スポンサー企業から大きな受注を獲得するなど、業績はV字回復した。父とは表向きは和解。しかし、社内では言葉を一言も交わさなかった。(以下略)」

その後、父は亡くなるが、父の仕事関係者だったヒラ社員が昇進して、仕事をくれる。どれも、父に世話になったお礼だという。その後は、人間関係を大事にするようになったという。

耳が痛い。黙って人の意見に従うなどとてもできない。人は千差万別なので、誰かと友達になっても、考え方が合わないともう話したくない。幼稚というか、懐が浅いというか、そこから何を学ぶかという姿勢がない。年寄りになって変わる見込みはないが、少しでも改めていければと思う。


by kibouh1 | 2015-03-30 07:44 | 働く | Comments(0)

麻酔なしで

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「気流

「やさしい運転」をすると、保険料が戻ってくる。そんな日本初の自動車保険をソニー損害保険(東京)が発売した。急加速や急ブレーキが少ない運転は、事故率が低い。専用の計測器を車に取り付け、100点満点で60点以上は保険料の5%を払い戻す。90点以上なら20%払い街戻す。やさしい運転は、どうも点数化されるのか。例えば、発進時は5秒かけて時速20キロ程度にするのが目安だそうだ。試しにマイカーで何度か12と数えながらアクセルーを踏んでみた。約30年の運転歴で癖がついたのか、このスロー発進は意外と難しい。教習所で習った十分な車間距離や早めのブレーキも、実践しているつもりではあったが。やさしい運転を心掛けると、街中で制限速度を超えることも減る。節約と事故減少の一石二鳥。こんな「見える化」ならば、歓迎すべきだろう。」(2015315日西日本新聞)

合理的に見えますが、結果が知りたいですね。

戦争体験です。

「片脚失った父 悲痛な声今も 65

「アイタタターッ!」夜半、間隔を置く間もなく聞こえる父の声に目を覚ます。風邪をひき、発熱すると必ず片脚が痛み始める父。痛む脚を両手で抱きかかえ、痛みをこらえている。痛みに真冬でも脂汗がにじむ。熱が下がるまでは昼夜絶え間なく疼痛が襲う。うずきを和らげるすべもない。父の片脚は太ももから下がない。遠い南方の地で爆撃に遭い、吹き飛んだ。帰国するまで、父の脚にはウジが湧き、はしでつまんで捨てたこと、腐っていく脚も麻酔なしで何度も切断、そのため短くなったと言葉少なに語っていた。

激戦地で命があった。亡き戦友を思えばと、痛みを我慢していたのかも。座薬の痛み止めを使用すぎで、父は年に幾度となくこの痛みを引きずっていた。父が亡くなって十数年が

過ぎても、冬の寒い日は夜半に聞く父の悲痛な叫びが今も聞こえる気がする。」(同前)

1945年、私は1歳未満。頭に腫物ができて切除。それも麻酔がなかったという。今もそこははげています。大分泣き続けたと母から聞きました。戦地も、国内も、医療環境がなくなっていたのでしょうか。


by kibouh1 | 2015-03-29 07:09 | 平和を | Comments(0)

どんな家があった

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わが家は30年から40年前のニュータウンにあります。最近、建て替えや空家の売却などでしょうか、更地での売り出しが目立ちます。すると、通りがかったところにどんな家があったか記憶にないのに驚きます。よく通っていたのに・・。

「震災は忘れた頃に・・・」と言いますが、忘れ方に問題がありそうに思う。オリンピック誘致でアンダーコントロールと原発の実態をおおいかくし、「オモテナシ」で上塗りしています。そこには忘れさせようとしている力を感じます。

生きてる人は、震災より経済だと言います。そして、わずか4年で忘れ去られようとしています。

25日の西日本新聞の「社会時評」で吉見俊哉氏は「震災の記憶と想像力」のなかで「最も重要なものは、そうして残された集団的記憶を、いかに未来の災害に対する想像力に結びつけていくかにある」としています。

だが、それを実現できるのだろうか。福島の震災は貞観地震は800年代に続くものだと言われています。核廃棄物処分は万年単位です。


by kibouh1 | 2015-03-28 06:30 | 震災 | Comments(0)

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永井荷風の戦時中の生き方が身についたものだが、左翼と言われる人たちは転向したりしたが、その違いを加藤周一が論じたことがあるそうですが、私なども早々に転向しそうな予感がします。それは、身についたもの生き方というより、頭で理解してきた底の浅さを自覚しているからです。

「みんなの広場:国民生活、苦しくなるばかり=73歳 毎日新聞 20150322

 今の国政は本当に国民のことを思っているだろうか。憲法改正も必要な部分もあるとは思うが、平和日本を変えるようなことはしてほしくない。安倍晋三首相や自民党の一党独裁によって政治が暴走し、国民の知らないうちにいろんなことが進んでいる。安倍首相は選挙で一方的な信任を得たので何をしても良いと思っているのだろうか。

 円安や株価の上昇で一部の富裕層や輸出関連の大企業などが恩恵を受けているだけだ。一般国民は消費税アップや社会福祉の切り下げなどで生活は苦しくなるばかりである。安倍政権の誕生は身を切ることが条件であったのを忘れているようだ。定数削減、議員報酬の見直し、政党助成金・企業献金の廃止など審議することは山ほどある。

 お金の問題もバレたら返金し、頭を下げれば許される。泥棒しても見つかれば返せばいいと思っているのと同じだ。先生と呼ばれる議員の資質を疑う。国民はもっと現実をみて声を上げなければならない。」

国民のレベルに合った国会議員だといえば怒られるのだろうか。


by kibouh1 | 2015-03-27 06:16 | 平和を | Comments(0)

福島の避難者

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「クローズアップ現代」で「“帰りたい… 帰れない…” ~福島の避難者 それぞれの選択~」(2015311日)が放送されました。ホームページからです。

「原発事故ですべての住民が避難を続けている、福島県・楢葉町に入りました。比較的、放射線量が低いこの町は、すでに除染を終え、今年(2015年)春以降の帰還を目指しています。人けがないことを除けば、町は一見、平穏を取り戻したかのように見えます。
あちらこちらで見られるのは住宅の解体作業。これまでに取り壊しを決めた家は470軒。
除染は終わっていますが、住宅の傷みがひどく、住めなくなったのです。解体後、新たな家を建てる人がいる一方で、これを機に町を離れようと決める人もいます。渡邊さん夫婦も、町に戻らない決断をしました。近所の人が帰らないことを知り、先代から引き継いだ家を取り壊すことにしました。」

「国が去年(2014年)の秋、楢葉町の住民に帰還についてアンケートをしたところ、「すぐに戻る」「条件が整えば戻る」と答えた人は合わせて45%。一方で、「戻らない」と答えた人は22%でした。」

「「小野田廣治さん(86)「田舎に帰りたいよね。田舎好きだから。」夫婦は、東京電力の下請け会社で共に働いてきました。老後は年金で穏やかな暮らしが続くと思っていました。
しかし、原発事故が夫婦の人生を大きく変えました。避難生活が3年を超えた去年9月。
浪江町から送られてきた広報誌を見て夫婦は戸惑いました。家屋の取り壊しに関する知らせ。今年度中に解体を申請すれば、助成金が出るというものでした。」

被災住宅は盗難などにあい、戻っても住める状況ではないそうです。

「小野田トキ子さん(79)
「悔しいのと悲しいのと。
一生懸命働いて、自分たちで家を建てて、老後こんなになると思わなかった。」」

番組のホームページに放送内容がまとめられています。


by kibouh1 | 2015-03-26 06:10 | 原発 | Comments(0)

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「商業・流通の時代 安部龍太郎

黒田官兵衛も熱心なキリシタンだった。『黒田家譜』は触れていないが、ルイス・フロイスの『日本史』(中公文庫)には、彼が死の直前まで信仰を保ち、「自分はキリシタンとして死

にたい」と言ってロザリオを胸の上に 置いてくれるように頼んだと記されている。 官兵衛が本能寺の変に乗じて秀吉に天下を取らせることができたのも、関ケ原合戦の時に豊後で独自の軍勢を編成できたのも、キリシタン勢力を動かせる立場にいたからである。

ところが江戸時代にキリシタン弾圧をおこない、こうした史実を消し去ってしまったために、官兵衛の本当の姿が見えなくなってしまった。(以下略)」(2015319日西日本新聞)

官兵衛の本当の姿は隠されたのでしょうか。

「【私説・論説室から】 大事なことは他にある 2015112日東京新聞

 オリンピックの中長期改革案「アジェンダ2020」を国際オリンピック委員会(IOC)が打ち出した時の世の中の反応には首をかしげた。二〇二〇年東京五輪の関係で、開催都市が実施競技の追加を提案できるとする項目ばかりに目が向けられたのだが、実はもっと注目すべき点が他にあったではないか。

 最も重要なのは、場合によっては国外で大会の一部を実施するのを認めた点だ。一都市開催という原則の大転換である。これで二国間共催や分散開催の可能性も見えてきた。加えて費用削減や既存施設の活用などもあらためて強調されているのは、開催地のとめどない負担増にIOCが深刻な危機感を抱いているからだろう。

 規模拡大と豪華さを追い求めた末、開催国・都市の財政を圧迫するほどの巨費を要する存在となったオリンピック。空前の繁栄と見える裏では、その方向性に対する疑問や批判も噴出している。現に二〇二二年冬季大会招致では有力な候補地が次々と撤退してしまった。そこでIOCもさすがに変革へと舵(かじ)を切らざるを得なかったというわけだ。(以下略)」

分散開催も大切かもしれませんが、オリンピックのあり方を論ずる五輪があっていいのではないか。アスリートには酷なのかもしれませんが。


by kibouh1 | 2015-03-25 06:41 | 社会 | Comments(0)

民間の力

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「新築住宅に感震ブレーカー 防火で設置求める報告書、政府

20150309日西日本新聞

 政府の有識者会議は9日、木造住宅密集地域の新築住宅に、地震を検知して電気を遮断し出火を防ぐ「感震ブレーカー」の設置を求める報告書を取りまとめた。首都直下地震や南海トラフ巨大地震に備えて、電気が原因の火災を減らす狙い。(以下略)」

技術が進歩していますね。

「(ニュースの扉)荻原博子さんと歩く福島の避難解除地区 傷ついたイメージ、克服は高い壁  201539日朝日新聞

 そこでは、小売店のちょっとした「過当競争」が起きていた。

 JR郡山駅から車で1時間ほど。田畑と山林に囲まれた集落に、新しいコンビニが現れた。国道288号沿いの「一等地」。1月の開店セレモニーに復興副大臣が参加し、メディアも「待望のコンビニ開店」と報じた。

 多くの住民は原発事故後に避難を迫られた。20キロ圏は立ち入れなくなり、30キロ圏も「緊急時避難準備区域」に。昨年4月までに避難指示が解かれ、全域の出入りが自由になった。帰還を促そうと、市などはコンビニを誘致。「公共料金が払える。夜間の買い物も便利」と好評だ。

 待望のコンビニから数百メートル。地元商店主らが運営する仮設商店「Domo」に客はいなかった。こちらも市が帰還支援にと昨年4月に設けた。地元産米や卵、雑貨が並び、品ぞろえはコンビニに劣らない。荻原さんは「ハム工房都路」製の大ぶりなベーコン(500円)を手に取る。店を見回り「安いですね」とレジの店長に話しかけた。

 「コンビニより安く売ってるものもある。でも売り上げが半減した」と店長は嘆く。昨年12月の売上高は147万円。コンビニと客を取り合い、売り上げは月80万円弱に落ち込んだ。

 店長は「人がいないので、商売はきつい」と口にした。川魚の漁業組合は休止したまま。シイタケの原木栽培も出荷制限がかかり、地元に工場のあった「ハム工房都路」も移転――。「行政は都合良く『店を出して』と言うけれど、このままだと地元商店は一軒もなくなる」

 店を離れ、荻原さんは言った。「一見、復興が進んでいるように見えても、生活は明らかに変わっています。強制的に過疎化が進まされた感じです」(一部引用)」

福島の避難解除地区だけの話かもしれませんが。

萩原さんはさらに

国が復興に本気だったら、例えば環境省を福島に移すといったことを考えると思います福島のイメージを上げて、雇用を生み出すわけです。そうすれば故郷を離れた人が帰ってみようかという気持ちになるかもしれません。でもそうなっていない。国が本気じゃないのがよく分かったのが、この4年間でした。

 戻った人たちは取り残されている。だったら自力でやるしかない、ということなんでしょうね。頼もしいですよ。例えば手芸のおばちゃんたちに、ネットを通じて商品を発注できる仕組みはできないものでしょうか。「佐賀のがばいばあちゃん」みたいなイメージを売り出して。民間の力で何とかするしかないですよ。」

でも、民間の力だけではどうなのでしょうか。もちろん、民間が起爆剤にという意味なのでしょうが。


by kibouh1 | 2015-03-24 06:47 | 原発 | Comments(0)

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「「家ないと」戻らぬ日常

東日本大震災きょう4年」(2015311日西日本新聞)では4年たっても住まいが確保できないことを取り上げています。

「いまだに約8万人がプレハブ仮設住宅での暮らしを強いられている。資金難や宅地造成の遅れ、東京電力福島1原発事故による避難の長期化など事情はさまざまだが、共通しているのは先行きへの強い不安。見えない将来に諦めも広がる。」としています。

だが、それには、仮設も含めて住宅に対する国家の考え方が問題にされていないのはどうだろうか。政治が提供するのは仮設のみ。それも期間は2年が基本。というのは、住宅は自己責任という大原則に日本は支配されています。

「仮設暮らしいまも8万人

資金難、宅地造成遅れ

「この狭い仮設住宅で死にたくないとは思うけど、解決策が浮かばない」。宮城県石巻市の仮設で家族と暮らす女性(82)は、深いため息を漏らした。自宅は津波で全壊。病院が近い市内の災害公営住宅への入居を2回申し込んだが、抽選で外れた。病院に通う交通費や生活費を考えると「新しく家を建てるのは無理」と肩を落とす。仙台市の自宅が全壊し、行政が借り上げた民間賃貸住宅に住む会社役員今野富雄さん(61)は、子どもの学費などで預貯金のほぼ全額を引き出した直後に被災し、ローンだけが残った。自力での再建は資金難で断 念し、「還暦を過ぎてお金もない。しばらくここで暮らさざるを得ない」。岩手県大槌町の仮設団地で自治会長を務める臼沢良一 さん(66)は「自宅を再建したくても資材高騰が壁になり、前に進めない現実がある」と話す。まちづくりの遅れが住民の心に微妙な影を落としているといい、「『町の将来像が見えない』と、町外に出る人もいる」と寂しそうに語った。」(同前)

例えば、災害公営住宅を低家賃で提供するとか、借入金の支援など、家賃補助をするとかの政策が必要ではないか。ヨーロッパの一部では住まいが福祉の根幹になっています。日本はここで大きく立ち遅れています。持家主義も壁になっているのだと思います。


by kibouh1 | 2015-03-23 06:51 | 震災 | Comments(0)

大戦前夜の雰囲気?

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「「河野談話は政府方針ではない」 NHK籾井会長、番組審議会で

2015319日朝日新聞

 NHKの板野裕爾・放送総局長は18日の定例会見で、籾井勝人会長が1月9日に開かれた国際放送番組審議会の席上、「領土問題は日本政府の方針がはっきりしているが、河野談話についてはそうではない」という趣旨の発言をしていたことを明らかにした。

 河野談話は1993年、当時の河野洋平官房長官が従軍慰安婦問題への「おわびと反省」を述べたもの。板野総局長によると、籾井会長は河野談話が閣議決定を経ていないことから、政府方針としてどう判断するか難しいという思いで発言したという。籾井会長は2月の民主党の部門会議では、河野談話は政府の公式見解と認めている。」

こういう人がNHK会長になる時代です。

「みんなの広場:大戦前夜と似ていないか=67歳 毎日新聞 20150227

 昭和史を調べ、大戦直前の1937(昭和12)年ごろは、暗い時代どころか国民が自由を謳歌(おうか)し意外に明るかったことに驚いた。「山寺の和尚さん」「小さな喫茶店」など戦後リメークされた愉快な歌や恋の歌がはやり、双葉山の連勝に国民は熱狂した。それから数年後、焼夷(しょうい)弾が降り注ぎ全土が焼け野原になった。多くの国民にとって青天のへきれきのような急展開だった。

 だが、この年、盧溝橋事件の勃発で日中戦争が始まり、国民精神総動員実施が閣議決定され、軍部の発言力が増し着々と戦争の影が迫っていたのを感性を研ぎ澄まし気付いていた人も少なくなかった。かつての戦争前夜と現代の世相はあまりにも似ていないか? 大食い番組やたわいのないお笑い芸人に国民はうつつを抜かし、一方で戦後最低の衆院選投票率を記録し政治への関心は薄れた。特定秘密保護法が施行され現政権は憲法9条の改正を公言している。繰り返されるのが歴史の教訓だと若者に警鐘を鳴らしたい。」

国民に最後の選択が託されていると言うことなのか。


by kibouh1 | 2015-03-22 06:26 | 平和を | Comments(0)