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気ままなつぶやきです


by kibouh1

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42歳での召集



憂楽帳:戦地からの手紙  毎日新聞 2013年08月12日 西部夕刊

 「皆(み)んなが元気と聞いて俺も元気が出る」。第二次大戦末期、硫黄島(東京都)で戦死した旧飯塚商業学校教諭、古賀貫一さんが、福岡県飯塚市内の家族に宛てた軍事郵便の一節だ。
 1944(昭和19)年2月、42歳で召集された古賀さんは、妻と4人の子を残して戦地へ赴いた。手紙には家族らの動静を気づかう言葉が並ぶ。たばこや釣り道具を送ってくれとの記述から、戦闘が本格化する前は比較的平穏だったようだ。「父チャンは元気であばれてゐる」「戦斗(せんとう)第一義だ」などの文言もあるが、多分に検閲を意識した書き方だろう。「只(た)だ皆んなの便りがほしい」「手紙は何回も読む一通の手紙を五回又(また)は十回位(くらい)は読む」。あふれる家族への思いが胸を締め付ける。
 45年2月に米軍が上陸開始。日米計5万人近い戦死・戦傷者を出す約1カ月の激闘の末、島は制圧された。手紙に戦況のくだりはない。命日は守備隊玉砕の3月17日となっているが、当時の記録から所属部隊は米軍上陸直後に壊滅したと推定されている。
 貴重な「歴史の証人」は約20通。飯塚市柏(かや)の森の市歴史資料館で20日まで公開されている。【平山千里】」

戦争には若い人が動員されます。42歳ということは、日本にもう若者がいなかったということであり、負け戦であったことははっきりしています。妻や子から、夫と父親を奪った戦争。それを美化する現政権。

by kibouh1 | 2013-08-31 07:58 | 平和を | Comments(0)

森林の劣化になるという

森林の劣化になるという

竹の異常繁殖 真剣に対策を 76歳

本紙8月1日の朝刊に 「竹林急増放置深刻」 という記事が掲載されました。私は「宗像里山の会」に所属し、この問題大切 に取り組んでいますので、興味深く読みました。問題は、モウソウチクです。中国からの外来種で異常な繁殖力で、他の植物との共生がむつかしも、厄介な環境問題を生起しております。竹林は落葉が少なく、森林の濯水力の母胎である腐葉土が形成されにくい。このため、竹林の繁殖は森林の劣化をもたらします。河川の水質も劣化し、沿岸漁業ヘ負の影響 が増えます。洪水、土砂崩れの原因にもなります。竹林の繁殖を抑える作業は極めて困難で、私どもの会でも、なかなか成果はあがりません。
この問題は、本紙で薛(セツ)孝夫・西日本短大特任教授も指摘しておられるように、竹材の付加価値化も含めて、地域全体の課題としてとらえ、国や地方自治体も真剣に向き合う時期に来ているようです。」(2013年8月22日西日本新聞)

竹の増殖はそうかなという気になっていましたが、自然のサイクルに影響を与えているのだという。深刻ですね。 
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by kibouh1 | 2013-08-30 11:09 | 社会 | Comments(0)
防災のあり方をどう学ぶか

憂楽帳:被災地に学ぼう  毎日新聞 2013年08月17日 

 海の近くに民家はなく草が茂り、復旧工事の重機がせわしなく動く。「万里の長城」に例えられた大規模な防潮堤は壊れたままだ。一方、山側ではショベルカーが山肌を削る。あそこが高台に築く新しい団地で、ここはと、国道45号沿いに立てられた地区の整理事業完成予想図と何度も見比べた。
 東日本大震災で被災した岩手県宮古市田老地区を今月初旬、訪れた。目にした光景は、災害の恐ろしさだけでなく、震災後2年5カ月を経ても復興の歩みが遅いこと、それまでの街づくりのあり方と、今後どのような街をつくろうとしているかを語ってくれた。
 私が訪れた日も、大型バスや他県ナンバーの車がやってきて、多くの人が防潮堤上から写真を撮るなどしていた。学ぶべし、被災地に学ぶべし。強く思う。私の勤務する愛知県など東海地方も南海トラフの巨大地震の不安があるのだ。学ぶ姿勢に被災地も応えてくれる。宮古観光協会は、1人からの視察申し込みでも、ガイドを派遣している。【清藤天】」

ここでは大規模防波堤は効果がなかった。他ではどうだったのか。そうした情報も欲しい。

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by kibouh1 | 2013-08-29 14:49 | 震災 | Comments(0)


「(悩みのるつぼ)夫の酒癖の良さが困ります
■相談者:女性 50代
■回答者:経済学者 金子勝
〈相談〉
 50代の女性です。夫はお酒が大好きです。でも、困ったことに酒癖は悪くないのです。もし、酔って暴力をふるったり、大きな失敗をやらかしたりすれば無理にでもやめさせようと懸命になりますが、ただ飲むのが好きなのです。
 会社帰りに最寄り駅で一杯。休日はサッカーを見ながらゴクリ。暑くなれば新製品のビールを次々に試します。ビール、ウイスキー、焼酎、日本酒、なんでもおいしそうに飲みます。飲んでも乱れることはなく、普段と全く変わりません。
 実は夫の父親も酔い方は、ほぼ同じ。飲んでも、そんなに変わらないなら酒代も無駄に思えます。定年もみえて来て、夫の会社はアベノミクスに反して給料ダウンが決定しました。  瓶や缶のゴミの量も我が家だけ大量。我が家だけで、ゴミコンテナの3分の2。みっともないので、早朝に瓶缶類を出します。ゴミの日には夫に「恥ずかしいこと、しに行こう」と誘いますが行こうとしません。
 悪妻としては、健康よりもお金がもったいない。夫の母は「お父さんが飲まなければ家の一軒でも建てられたわ」と嘆きます。私も同感、オシッコに流れてしまうだけなら私のブランドバッグを買いたいワ、と思います。この相談、真剣味に欠けますか? シアワセ話に聞こえますか? でも私にとっては、長年鬱積(うっせき)した切実な問題です。」(朝日新聞)

悩みとはいろいろとあるものですね。私からみれば飲める環境にあることが羨ましいのですが。
話は変わりますが、自分を二流、三流だと定義できるのは、専門的な蓄積があるからだと思う。そういう意味では、凡人にとっては生き方しか測れるものがないのかもしれませんね。

「余録:「二流」というとマイナスのイメージで・・・

 「二流」というとマイナスのイメージで受け取るのが普通だろう。劣った感じ、負けた印象、ひねくれた雰囲気さえ漂う。しかし、「二流」を自称し、「二流」を掲げた小説家がいた。今年、生誕100年になる織田作之助(おだ・さくのすけ)だ▲戦中戦後を突っ走るように生き急ぎ、33歳で死去した無頼派作家。太宰治(だざい・おさむ)や坂口安吾(さかぐち・あんご)と並称されることも多いが、「織田」や「作之助」ではなく、「オダサク」と呼ばれる。大阪を舞台に無名の男女のさまよう姿を描き続けた作家には、この気楽で身近な呼び方がピッタリなのだ▲「二流」とは権威を嫌ったオダサクならではのいい方だろう。高みに立たないとか、庶民として生きるとか、背伸びしないとか、反逆的だとか、そんな意味も込められている▲出世作「夫婦善哉(めおとぜんざい)」には化粧品問屋の若だんな・柳吉(りゅうきち)と売れっ子芸者・蝶子(ちょうこ)が駆け落ちし、流転の人生を歩むさまが描かれる。最初からごはんとルーを混ぜたカレー、関東煮(かんとだき=おでん)など、大阪のB級グルメが続々と出てくる。オダサクは料理も一流嫌いだった▲この小説がNHKのドラマになり、今夜から放送される(全4回)。演技派の俳優がそろい、人々の喜怒哀楽がどんなふうに新しく演出されるのか楽しみだ。実は2007年に見つかった続編があり、今回はこちらも映像化される。二人が流れていくのは大分県の別府だ▲現代はどうしてこんなに生きづらいのかという声をよく聞く。オダサクなら、ケケッと笑い、「そら、二流になれへんからや」と答えただろうか。「一流」の内実を問い、そのつまらなさを見据えれば、少しは生きやすくなるだろうか。」(毎日新聞)

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by kibouh1 | 2013-08-28 10:48 | 社会 | Comments(0)
他国民の被害を見ない総理

「(声)アジア無視の追悼式辞は非礼 78歳

 本紙ザ・コラム(18日)によれば、第2次世界大戦中に海外で戦没した日本人は240万人。このうち、フィリピンでは中国大陸の71万人に次ぐ52万人が死んだ。一方的に戦場にされたフィリピン人は111万人が亡くなり、実に国民の16人に1人にあたるという。
 全国戦没者追悼式で、安倍晋三首相の式辞にアジア諸国への反省と哀悼の言葉がなかったことについて、政府高官は「ああいう場でアジアへの謝罪はなじまない」と翌日の本紙で解説しているが、フィリピン人犠牲者の数を見ただけでも不適切であることは明らかである。
 日本人戦没者は沖縄戦などを除きほとんどが国外で亡くなっている。仮に侵略戦争ではなく、当時言われていた通りの聖戦であったとしても、ともかくよその国に出かけては、その地で暮らす多くの人々の命を奪ったのは紛れもない事実である。もちろん、現地犠牲者のすべてが直接、日本側の砲火によるものではないとしてもだ。
 年に1度の追悼式でわびを言うのは、「なじまない」どころか、当然やるべき最低のマナーではないだろうか。今回、安倍内閣は、日本の伝統的美徳である礼儀・礼節にも悖(もと)る選択をしたと言わざるを得ない。 」(8月22日朝日新聞)

追悼式には国内向けだけという屁理屈を言う。侵略だと認めたくないのでしょうか。外国人が戦争の犠牲になったことをお詫びするのはそんなに言いたくないということなのでしょうか。

by kibouh1 | 2013-08-28 09:52 | 平和を | Comments(0)

「不良図書」とした市議

「不良図書」とした市議

「(ひととき)「ゲン」に泣いた息子

長男は20歳。小学2年の9月初め、学校から帰って突然、ほえるように泣きました。泣く理由をいくら尋ねても、一切言いません。家でのほえ泣きは、丸3日続きました。担任の先生にも原因は思い当たらないようでした。
 1週間ほど経って小学校の図書室をのぞき、顔なじみだった司書の先生とお話しして、息子が泣き始めた日の昼間、彼は「あそこの、マンガの棚の前で何か読んでいた」ことがわかりました。司書の先生は、「『はだしのゲン』を読んでいたかもしれない」と言いました。
 その後何年も、息子はあの泣いた記憶を封印しているように見え、家族もそっとしておきました。
 「はだしのゲン」が原因だったとはっきり聞いたのは、中学になってからです。
 つい先日も、「自分の価値観に大きな影響を与えた本だ」と言っていた息子。松江市教育委員会が閲覧を制限しているというニュースに、「やれやれ、なんとも解せない」と首を振って残念がっています。
 私も、きちんと読んでみなくては。改めて、我が家に全巻買いそろえようと決心しました。  (53歳) 」(8月26日朝日新聞)
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報道によれば「はだしのゲン」を一部市議が「不良図書」としたのが閲覧制限の要因になったという。このような市議が教育に介入したらどのような国になるのか。

by kibouh1 | 2013-08-27 15:17 | 平和を | Comments(0)
オバマに追随しているから賛同しなかった

「(声)政府は核廃絶の先頭に立て 84歳

 原水爆禁止世界大会が8月3日から始まる。4~5月にはスイス・ジュネーブであった核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会が核兵器不使用の共同声明を出しており、反核の世界的な大きな流れの中で開かれることになる。
 ところが、この核兵器の非人道性を訴えた共同声明に対して、日本政府は賛同を拒否しているのだ。理由は「いかなる状況下でも核兵器が二度と使われないことは人類生存の利益」という共同声明の文言が、政府の安保政策と一致しないからという。
 被爆した広島・長崎の立場に立ち、日本政府は核兵器の使用に反対するのが当然であるのに加害者である「抑止力」の側に立って核兵器の効力を認めているのだ。内外から厳しい批判を受けているが、当然だ。
 6月には全米市長会議が「核兵器のない世界実現」をオバマ大統領に求める決議を採択し、同大統領も世論に押される形でベルリンで行った演説では新たな核兵器削減を提案している。
 唯一の被爆国として日本は世界で高まる核廃絶の動きの先頭に立つことこそが求められているはずだ。今年の原水爆禁止世界大会は日本政府に勇断を迫る意味でも意義深いものがある。 」(7月31日朝日新聞)

抑止力のことはアメリカの思惑です。オバマに期待はしますが、幻想を持たないがいいのでは。

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by kibouh1 | 2013-08-26 10:14 | 平和を | Comments(0)

母親大会

by kibouh1 | 2013-08-25 13:31 | 支え合う社会に | Comments(0)

スコールみたい


福岡は17日程度、快晴が続き、あちこちの池の水も少なくなり、たんぼがどうなるだろうと思っていましたら、ここ二日降り続けています。それもハンパではありません。それも、断続的に降るので厄介です。

「連日の猛暑日根源知りたい 76歳

連日各地で猛暑日が続いている。高知県四万十市では8月12日、国内観測史上最高の気温41度を 記録した。ここ数年、九州北部でも最高気温35度を超えることが常態化している。
太平洋高気圧の張り出しが原因のひとつと解説されているが、なぜ、そういう配置になったのか、根本的な原因が知りたい。現象の報道はあっても、解説はなかなかない。この異常気象を受け入れ、対処するだけでいいのであろうか。人間が経済活動や社会も生活で利便と安逸を求め、多くの自然を犠牲にしているのも、異常気象の原因の一つではないか)と推測される。 生産性のみを追求し環境を破壊していいのか。 このままの状況が進めば、不安である。自然の恩恵に浴することは、自然を守ることが基本であろう。」

温暖化が影響しているというが、分かりやすい解説をまだ聞きません。気象予報士はコンピューターではこうなっていますが、突然の雨に注意してくださいと言う。突然の雨は予報できないのだろう。インターネットで突然の雨の注意メールが届きます。外れることもありますが、便利です。予報の仕組みも見直しが必要ではと思うのですが、どうなのてじょう。

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by kibouh1 | 2013-08-25 09:44 | 社会 | Comments(0)
どこかで何かが変わっていった

テレビは私たちの思考に大きな影響を与えています。大震災時の活躍で自衛隊は大きな支持を得ました。が、30年ほど前だったらどうでしょうか。軍隊でもない、警察でもない、なんのための人たちなのかと思われていました。今のように自衛隊のイベントがローカルニュースで頻繁に流れることはありませんでした。旧防衛庁汚職時に、マスコミの接待漬けが問題になりましたが、今はどうなのでしょうか。明らかに他に地元の大きな問題があるときでも、自衛隊イベントが必ず放送されています。こうして、自衛隊の市民権は獲得されていったと思います。接待漬けというのは、防衛省のお金でなく税金なわけです。このように、国の機関に取り込まれるということは、それを是とする思考があるからだと思われます。

TBSの金平氏は次のようにテレビ局側の人間の実態を指摘しています。

「さきほど僕は、後続世代の大衆運動、社会的な異議申し立てに対するアレルギー、嫌悪感について触れたが、 彼らと話をしていて気付いたことがある。それは彼らが明らかに、デモや集会に加わっている人間たちとは自分たちは異なっている、あれらの人間たちは好きになれない、別世界の人間たちだ、と思い込んでいる節が感じられることだ。(略)
こうした官尊民卑の思想は、市民の集会・デモを報じる姿勢に端的に表れている。いつのまにか取り締まる側、警備する側の立場に報道機関側が同調してしまっていなかったか。まずは参加人数にこだわる。主催者発表と警察発表を並列的に報じて恥じない。逮捕者が出ても、「公務執行妨害で二名が逮捕されました」で終わり、その逮捕が不当か妥当 かを報じようとする姿勢がハナからない。そもそも逮捕を疑ってかかる発想そのものが取材記者から失われてしまっているのである。」(『テレビはなぜおかしくなったのか』)



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by kibouh1 | 2013-08-24 14:40 | マスコミ | Comments(0)