気ままなつぶやきです


by kibouh1

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「核廃絶へ「微力だが無力ではない」
高校生が世界を変える 平和活動支援センター 平野伸人

「原爆も戦争も体験していない高校生に何が分かるのか」「署名なんかしても、核兵器はなくならない」 2001年の夏、初めて長崎の街頭に立った高 校生に浴びせられた市民や被爆者の言葉は厳しかった。悔し涙をにじませながらも高校生たちは、「核兵器の廃絶と平和な
世界の実現を求める署名にご協力ください」と呼びかけ続けた。夏の暑い日も冬の寒い日も必死に 呼びかける姿は、やがて 市民の共感を得るようになり、今では「長崎の風物詩」と呼ばれるまでになっている。
被爆50年(1995年)を境に被爆者の高齢化が目立つようになり、98年のインド、パキスタンの核実験を契機に、「高校生平和大使」が国連に派遣されるようになった。背景には、「若者を育でなければ」という被爆者の焦りにも似た思いがあった。 高校生の国連派遣に続けて始められた「核兵器 の廃絶と平和な世界の実 現をめざす高校生1万人署名活動」は今年で13年目。署名は累計約84万5975筆にのぼり、それは国連欧州本部の軍縮会議場前の棚に展示されている。高校生の平和活動が国連にも影響を及ぼしているのだ。今年は累計 100万筆達成が期待さ れている。 私は母が被爆した被爆 二世で、被爆体験を後世に伝える者としての役割を感じてきた。被爆地の期待を一身に受ける形で「被爆二世運動をけん引。そうした平和のバトンは、若者に引き継がれようとしているといえる。現在の高校生の世代が、「被爆体験を被爆者から直接聞ける最後の世代」でもあるからだ。 長崎で始まった、高校 生の活動は九州各地に広がっていった。長崎県は もとより福岡、佐賀、熊 本、大分の各県でも「核 兵器廃絶の署名にご協力 ください」と呼びかける 学生の姿が見られる。今 ・年は被爆68年。被爆者は 高齢化し、被爆者運動や 平和活動の中心的存在の 被爆者が次々と亡くなっているが、そのバトンは 確実に引き継がれつつある。 ただ、その活動にもかかわらず、世界が平和な方向に向いているとは言い難い。「いくら署名活動を続けても世界は平和にならない。これまでの活動は何だったのか」といった無力感に陥ることもあるだろう。そんな時、高校生たちは「微力だが無力ではない」というスローガンを思い浮かべて行動する。そこから、私たちは継続は力ということを学ぶ。被爆地・長崎でまかれた一粒の平和の種は、きっと今後も広がり続けることだろう。」(2013年6月21日西日本新聞)
たしかに、核兵器廃絶の力が大きく広がっているとはいえません。しかし、誰も、何もしなかったら、それは人間であることを放棄したことにならないでしょうか。脱原発・憲法でも同じではないかと思います。

「(声)脱原発・9条、理想諦めないで 48歳
 なでしこジャパンの佐々木則夫監督の「成功の反対はチャレンジしないこと」というせりふがテレビCMで流れたとき、「常々私が思っていることはこれだ」と思った。
 今では当たり前の太陽光発電も、昔は夢のような技術だった。しかし、技術者たちが挑戦し続け、実現させた。これと対照的なのが今の政権。脱原発を現実的ではないとし、原発維持を責任あるエネルギー政策であるかのように位置づけている。しかし、私には、既得権益にしがみつき、挑戦を諦めたとしか思えない。
 参院選の争点ともいわれる憲法9条も同じだ。戦争の反対は平和と言われるが、私の考えは違う。「戦争の反対は戦争放棄」だと思う。軍隊を持たず戦争はしないという、より積極的な姿勢だ。国防軍を持てば国を守るという名目のために戦ってしまう。戦争とはそうして始まる。 大切なのは目標を決め、諦めないことであり、現実的か非現実的かを決めることではない。脱原発や戦争放棄という目標に挑戦し続ける日本であってほしいと願う。」(6月30日朝日新聞)

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by kibouh1 | 2013-06-30 10:35 | 原発 | Comments(0)

TPPで遺伝子食品は

TPPで遺伝子食品は

「(声)お母さんたち、ぜひ投票所へ 32歳

 遺伝子組み換え食品に関する講演会を聞きに行った。驚いたのは、それと知らずに自分や我が子が口にしてしまっているということだ。表示義務があるのは8作物に限られ、主な原材料でなければ表示が不要なものが多いからだ。そのことを知った後に近所のスーパーに行って見てみると、遺伝子組み換えでないものはひとつも置いていなかった商品もあった。これから環太平洋経済連携協定(TPP)に参加することで、遺伝子組み換え食品が入ってくるうえ、その表示も示されない可能性がある。
 私たち母親が購入して食卓に出す料理をこどもたちは喜んで食べ、育まれてゆく。こどもは与えられたものしか口にすることができない。我が子を人体実験にしたい親はいないだろう。  母親は様々な世代の中で命に関することに敏感だと思う。政治は決して遠いところの話ではない。身近なことにも関わっているのだから、今度の参院選挙ではそのことを念頭に、日本中の母親たちにぜひ一票を投じてほしいと思った。 」(6月25日朝日新聞)
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都議選での投票率の低さが気になっています。きちんと意思表示しないといけませんね。

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by kibouh1 | 2013-06-29 10:33 | 政治・行政 | Comments(0)
原発立地の再生をどうするか

「近事片々:うり二つの他人 毎日新聞 2013年06月21日 

 受刑者が心を込め育て上げた盲導犬。確かに、犬は人類の最も古き友と思う。
      ◇
 最も新しく有能な友のはずのネット時代に、なりすましの影横行。世に自分にうり二つの他人が3人と教わったが、ネット上では無限増殖し。
      ◇
 電子網をかいくぐった偽情報が、果たして核兵器を作動させることはないのか。「核なき世界」の遠き道のりの前によぎる大きな不安の影。
      ◇
 法文や制度が「いじめ」の根を絶つのではない。運用に魂を込めてこそ。」


脱原発が広がらない要素の一つとして、基地依存の生活から立地がどのように転換していけるかが分からないからだと言われています。沖縄の基地問題でも同じようなことが言われました。

「(声)原発の地で暮らす手立てとは? 50歳

 私は福井県美浜町で生まれ、育ちました。小学生のころ、原発が次々と福井県内に建設されたことで、原発関連の就職先が増え、道路整備も進んで、それまでより豊かな県となりました。現在も、私の友だちや親戚の多くは、原発関係者です。
 東京電力福島第一原発事故を受け、それまでも原発の安全性は確実なものではなかったのですが、より安全性が問われるようになりました。しっかりと管理すれば安全なのか、どのような対策をとっても危険なのか、私には分かりません。
 でも原発がなくなれば、とたんに生活に困窮する人々がいることは知っています。原発の近くに住む皆さんが危険にさらされるのは嫌です。でも職を失い、収入がなくなる友だちや親戚の姿も見たくありません。
 みんなが幸せな生活を送れる手立ては、ないのでしょうか? みんなが安心して暮らせる、そんな国にはなれませんか? 」(6月27日朝日新聞)

原発誘致した自治体には莫大な税金が投入されています。やろうとすれば過疎地の再生は政策的に実現できると思います。
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by kibouh1 | 2013-06-28 11:20 | 原発 | Comments(0)

若者に希望があるか

若者に希望があるか

「(声)若者たちが未来を開ける社会に  56歳

 大学受験予備校に30年勤めてきた。この仕事が成り立つのは、勉強をすれば自分の未来は開けるという動機づけができることだ。それには努力は裏切らない、が実証できる社会であることが前提だ。だが、今の社会が若者たちに将来に希望を持たせる発信ができているか甚だ疑問である。
 20年前のバブル経済までの原動力になったのは、「読み書きそろばん」の初等教育の素晴らしさと「豊かになりたい」という国民一人ひとりの動機と勤勉性だった。だが、そこで慢心してしまい、次の目標への動機づけができなかった。その間に諸外国は国際化・情報化の社会到来に向けて、日本の成功に倣うように教育制度を強化して着実に経済成長を遂げた。なぜそのことに危機感を持って国内の体制を修正できなかったのか、今更ながら残念だ。
 映画監督の北野武さんのお母様が貧乏生活の中でも子どもたちを大学まで進学させたのは、貧乏から抜け出すには教養が必要、という信念があったからと聞いた。意志ある若者たちに道を開くような社会の仕組みが必要だと思う。 」(6月23日朝日新聞)

待機児童ゼロが話題になっていますが、保育士が集まらないそうだ。大学を出ても、保育士以外の仕事を希望する人が多いという。福祉の現場はどこもそうだ。公共事業・軍事費に支出しながら、福祉の人たちの待遇は悪い。そのつけは国民にくるのに国民もまた関心が低いのはどういうことか。
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by kibouh1 | 2013-06-27 11:28 | 支え合う社会に | Comments(0)
平野啓一郎氏が96条「改正」に反対する

2013年6月23日西日本新聞で「96条改正に反対する理由」として平野氏は次のように述べています。

「私は、改憲絶対反対派で はない。しかし、憲法96条 を改定し、改憲発議を「各議院の総議員の半数以上」 にするという現政権与党の 主張には反対である。 まず理念的な理由。憲法 とは、ある一つの国家が、 共同体として、政治的にどのような存在であるのかについての根本的な自己規定である。法による国家権力の乱用の防止は、憲法の重要な機能ではあるが、それは、その自己規定の実現に内包されている。私たちは、自分の生まれる国家を選ぶ亡とができな い。偶然投げ込まれるよう にして、とある国に生まれ、 生き、死んでゆく。そして それが、どのような政治的 共同体であるのかという憲法の規定は、個々の構成員 のアイデンティティーと不可避的に結びつけられる。 」と考えるそうです。

「今回、自民党の某議員は、議会でたった3分の1の勢め力を維持するだけで、憲法緯改正発議が妨げられ、国民改投票による直接の政治参加の機会が奪われているのはおかしいと主張したが、これは、自己撞着に陥っている。
第1に、二重の意味で自己撞着に陥っている。 第一に、誠会の3分の1 強もの反対を、有権者の 意志の反映と見ないのであれ ば、3分の2弱の賛成の妥当性も当然失われる。そし て、共同体の3分の1という割合は、決して「たった 」ではない。また、国民投票 による政治への直接参加を謳うのであれば、その論理的帰結は直接民主主義であり、議会の否定である。改憲するのであれば、議会の3分の2の賛成を得るべく努力をすればいいだけの話である。反対する他者に対して、合意形成の努力さえすることなく、過半数を占める政権与党だけで独りよがりに考え出した憲法 改正発議を国民投票にかけるというのは、怠慢以外の 何ものでもない。二点目に現実的な理由。 この10年間、散々経験して きたように、日本の現行の 議院内閣制は極めて不安定 で、首相は政権交代も含めて毎年変わり続けている。 その間の内政の停滞、外交の失墜は絶望的だった。(略)
しかし、現状のままで96条を改定すると、国会は、 政権交代ごとに憲法改正発 議を乱発する危倶がある。 他国と比較して日本の硬性 憲法を批判する論者は、この現実を考えるべきである。 」
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憲法は私たちの生き方をも支援するものです。簡単に変えられるものでは困る。自分の都合だけ持ち出して基準を変えるというのでは、この国は成り立たない。

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by kibouh1 | 2013-06-26 06:48 | 憲法 | Comments(0)
安倍さんは経済を語っていいのですか

元外務官僚に「外交を語ってほしくない」という総理。だが、国民総所得と国民の年収を混同して、演説するという安倍さんに経済が語れるのか。それも、経済は気だからいいのか。

「(天声人語)国民総所得という幻惑

 「爆発」というキーワードにいささか驚かされた。安倍首相の5日の成長戦略第3弾スピーチである。岡本太郎の懐かしい叫び、「芸術は爆発だ!」を引用し、芸術論を成長論につなげた▼首相の言葉は高ぶる。「一人ひとりが、それぞれの持ち場で、全身全霊をぶつける」「今こそ、日本人も、日本企業も、あらん限りの力で『爆発』すべき時です」。景気は気から、とよくいう。首相が人心を鼓舞しようとしているのはわかる▼問題は、爆発した先の日本がどんな姿になっているのかだ。首相はいくつかの将来像を数字を挙げて示したが、なかでも一番重要だとしたのは、聞き慣れない指標だった。「1人あたりの国民総所得(GNI)」という。これが、10年後には今より150万円以上増えるのだそうだ▼GNIを増やすことにより、働く人々の「手取り」が増え、「家計」が潤う。首相はそういう。とすると4人家族だと600万円も年収が増えるのか。ほんとうかね、というのが大方の反応ではないか▼国民総所得の「所得」とは、一人ひとりの年収とは違う。そこには日本企業の海外での稼ぎも入っている。GNIが増えたとしても、会社がその儲(もう)けを出し惜しめば、給料は上がらず、家計も潤わない▼GNIは手取りアップと直結しない。その肝心の点を首相は説明していない。だから、熱弁にも冷める。朝日川柳に〈倍増と言わないだけの思慮はあり〉とあった。爆発せよと号令しても、された火薬の方は湿気(しけ)ている。 」(6月8日朝日新聞)

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by kibouh1 | 2013-06-25 08:37 | 経済 | Comments(0)
「安心して眠れる平和を」

「福岡大空襲 未来の平和を守る教訓に都市圏局 中野剛史」(2013年6月23日西日本新聞)は戦争の体験継承の問題を論じています。

「『平和』って何ですか? こんなアンケートを、仲間の記者3人と一緒に15~25歳 の福岡の若者50人にしました。多かった答えは「戦争がないこと」「安心して眠れること」「おなかいっぱいご飯 が食べられること」。」という。
福岡の空襲の体験について

「安心して眠れるどころじゃない。女性や子どもは泣きながら、炎の中を逃げました。当時10歳だった福岡市の詩人門田照子さん(78)はこんな詩の一節を残しています。「なぜ戦争をしているのか なぜ空襲を受けるのか 子供のわたしには解らなかった」 この夜だけではありませ ん。食糧が不足し、子どもたちはおなかいっぱい食べる ことができませんでした。「ふ かしたサツマイモがごちそう」だったそうです。 」
しかし、想像力だけで補うのは容易ではないでしょう。

「それから30年。小学生だった僕はおじさんに。空襲体験'者や遺族も年を重ね、年々減ってくる中で、空襲をめぐる記憶も薄まっています。若者50人へのアンケートで「福岡市にとって6月19日が何の日か知っていますか」という問いに、空襲と答えられたのは 2人だけでした。 中国や韓国との領土をめぐる衝突、北朝鮮のミサイル騒動。外交関係が悪化する 一方で、政治家の中には、日本に「国防軍」を置こうという考えも出てきています。平 和の揺らぎを感じます。 詩人の門田さんは平和について「繊細で美しい傷つきやすい宝物」とたとえました。」

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そうですね。この平和を支えたのは憲法9条。それが危うい。

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by kibouh1 | 2013-06-24 15:36 | 平和を | Comments(0)

認知症の人の生活も

認知症の人の生活も

「 認知症患う父今後も笑顔で

父は10月で92歳になる。男ばかりの3人兄弟で農家の長男として生まれた。戦争を経験し、21 人の戦友も今は2、3人しか生きていない。酒もたばこも口にせず、機械のない時代にシイタケ栽培など力のいる仕事をしてきた。そのおかげで足腰が強く、認知症を患った今も、自分で 食べて服も一人で着ることができる。ヘルパーさんも肩をたたいて「仕事、 をした肩をしている」と いう。 「生きていても何の楽 しみもない」と言う顔を 見ていると、何とかしてあげたいとは思うものの、デイサービスに元気で行ってくれる父にほっ
たとしているのが現状だ。入院も何度かした。85歳になる母と毎日、病院ヘ面会に行った。甘いものが好きで果物、ようかん、菓子などを差し入れすると「あんたたちが来るのが一番楽しみ・・・」と言って笑顔を見せていた。耳が遠くても、母との会話でよく笑う父を見ていると、これからの日々を少しでも長く、優しい笑顔で過ごしてほしいと願っている。」(2013年6月19日西日本新聞)

懸命に生きてきた人のご褒美か。

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by kibouh1 | 2013-06-22 11:12 | 高齢者 | Comments(0)


「(声)忘れ物と思った息子が悪い? 50歳

 先日、帰宅した高校生の息子が憤慨して話した。比較的すいた電車で、人のいない座席の網棚にかばんがあったという。車内で座っている人はまばら。息子たちには忘れ物に映り、気になってしかたがなかったらしい。降りる駅が近付いたので、勇気を出して持ち主を聞いて回ったが反応がなかったため、忘れ物と判断して、彼らはかばんを駅に届けようとした。そのとき、乗客の1人が奪うようにかばんを取り、怒られたというのだ。
 私は、乗客が呼びかけに気づかなかったか、降りる時に持って行くつもりだったか、あるいは席がなかったのでとりあえず目の前の網棚に載せた後で空席に移動しただけではないか、と言った。しかし、息子は「座る時は手元に持っていくものでは」と不満げだった。善意でしたことだが、息子たちの行動は間違っていたのだろうか。考えさせられた。」(6月20日朝日新聞)

他者にお節介をしないというのが社会の基本ルールのようになっています。だが、確実に、そうではない人たちもいます。そう感じるのは、地下鉄のエレベーターから降りるときに、「開」を押してみんなが降りるまで続ける人がいます。しない人も多いのですが、年配者では普通ですし、降りる人の中には会釈していく人もいます。そんな社会でありたい。
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by kibouh1 | 2013-06-21 11:35 | 支え合う社会に | Comments(0)

「(声)学童保育、多くの人が参加して 69歳

 「学童保育 指導員の質向上を」(15日)に一般論として賛成ですが、「指導員はできれば小・中教員免許を持っている方がいい」には疑問を持ちました。
 学童保育とは教育ではなく保育で、具体的には放課後、小学生を保護者が迎えに来るまで預かることで、保育の中心は遊び相手です。その日の宿題を見ることはしますが、それ以上は求められていませんし、すべきではないでしょう。学校や学習塾ではないのですから。従って資格において教員免許は特に求められるものではないと考えます。
 待遇面で常勤の指導員が厳しい状況は承知しています。私が補助員として手伝っている学童保育室でも、20代の適任者が「生活できない給与」のために数カ月で転職してしまいました。
 学童保育は今後も入室希望者が増えるでしょう。幅広い方々に学童保育に関心を持って頂き、ボランティアなどとして参加されることを願っています。 」(5月23日朝日新聞)

投書の方の意見に賛成です。教育の場ではないと思います。待遇がバラバラだと思います。まずは、待遇改善が必要であり、市民も参加できる場になればと思います。

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by kibouh1 | 2013-06-20 10:58 | 支え合う社会に | Comments(0)