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気ままなつぶやきです


by kibouh1

カテゴリ:平和を( 580 )

金の使い方

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報道によれば保育士・介護福祉士などについて旧姓使用を認めるのだという。

201959日西日本新聞の投稿欄からです。「戦闘機費用を住みやすさに  68歳」

では「427日付の「空き家846万戸過去最多」という記事に目を通しながら、私たちの国を国民目線でもっと住みやすくできないものかと、あれこれ考えてみ た。そして、戦闘機購入の数機分を国民の住みやすさ費用に回すことができたらと思った。 国や自治体が空き家に手を入れ、低収入家庭に安価で提供する。(以下略)」

投稿の中で世界8位のくすり使用国だという。それで思い出したのですが過日高血圧学会が上で140130に、後期高齢者が150140にするという。保険で使うのに学会の意向だけできまる仕組みなのでしょうか。


by kibouh1 | 2019-05-18 06:08 | 平和を | Comments(0)

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軍事費など無縁なことのようですが、アメリカの言いなりに買い込んでいます。そこには莫大なカネが動いています。専守防衛の国が軍事費世界9位とは。

「世界の軍事費、2.6%増 米中底上げ、日本9位に後退4/29() ヤフーニュース4

 【ロンドン共同】スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は29日、2018年の世界の軍事費(一部推計値)が18220億ドル(約203兆円)で前年比2.6%増だったと発表した。米国と中国の軍事費の増加が全体を押し上げた。日本は前年とほぼ横ばい。順位は17年の8位から9位に後退した。(以下略)」

[<税を追う>歯止めなき防衛費(4)レーダー商戦 しのぎ削る米メーカー

20181117日 東京新聞

 九月二十八日、東京都内のホテル。サイバーテロやミサイル防衛(MD)のセミナーが開かれ、国内外の防衛企業の幹部や自衛隊OBら約三十人が出席した。主催したのは旧防衛庁長官や初代防衛相を歴任した久間章生(きゅうまふみお)氏が会長を務める一般社団法人・国際平和戦略研究所。久間氏は二〇〇九年の衆院選で落選後、政界を引退したが、日米の防衛分野に広い人脈を持つ。

「これからの戦争はミサイルの時代になってきた」

 久間氏のあいさつの後、海上自衛隊OBの坂上芳洋氏が講演した。環太平洋合同演習の際、指揮官としてイージス艦を運用した経験があり、退官後は米軍事メーカー・レイセオンのシニアアドバイザーも務めた。講演のテーマは政府が導入を決めた地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」。坂上氏はシステムに搭載されるレーダーに米ロッキード・マーチン製の「SSR」が選ばれたことに疑問を呈した。

 SSRは一基百七十五億円ほどとされるが、坂上氏は「まだ構想段階で、ミサイル射撃試験などをしていない。日本が試験費の負担を強いられ、価格がさらに膨らむ可能性がある」。

 会場からは「それは国会が止まるくらいの話だな」という発言も出た。斉藤斗志二(としつぐ)元防衛庁長官だった。

 北朝鮮は一六年以降、核や弾道ミサイルの実験を繰り返した。防衛省の幹部は「誰もがミサイル防衛強化が必要と考えていた。官邸は高高度(こうこうど)防衛ミサイル(THAAD)も地上イージスも米国製なので、どちらでも構わないという立場だった」と明かす。

 地上イージスに決まったことで、防衛省は米ミサイル防衛庁からSSRと米レイセオン製のレーダー「SPY-6」の提案書を受け取り、レーダーの選定に入った。(以下略)」


by kibouh1 | 2019-05-09 06:27 | 平和を | Comments(0)

帰りつかない遺骨が

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「交番で男性死亡 警官押さえ込み、窒息の疑い 神奈川・海老名毎日新聞2019410日」を読むと、佐賀市で障害者が自転車で蛇行運転していたとして警察官に取り押さえられ死亡した事件を思い出します。

今日の話題は先の戦争のときの戦死した人の遺骨の話です。

「オピニオン デスク日記

 「何かのお役に立てれば父も喜ぶと思います」。そんな便りと一緒に、読者の女性から一冊の手記をいただいた。ミャンマー(旧ビルマ)北部で、第2次大戦中に犠牲になった日本兵の遺骨調査が本格化している、という記事を書いた直後のことだ。手記は亡き父親がビルマ戦線の体験をつづったものだという。

 一読して、その壮絶さに息をのんだ。紙一重の差で生死が分かれる戦場。白骨化した数十体の遺体の中を、水を求める傷病兵の願いに耳を貸すことすらできずに退却した。生還できたのは部隊の14人に1人。1人涙ぐみながら書いた夜もあった、という。

 ミャンマーだけでも未帰還の遺骨は4万5570柱に上る。遠い異国に置き去りにされたまま、朽ち果てる無念とは、いかばかりだろうか。「父は亡くなる寸前まで、戦友の遺骨が収集されることを願っていました」。戦後はまだ終わっていない、手記はそう訴えていた。 (浜田耕治)=2019/04/10付 西日本新聞朝刊=」

戦死したなかでも餓死が多かったという。食べる物もなく、軍人幹部や高級官僚は脱出しています。ミャンマーで遺骨収集が進めば遺族の気持ちが少しは救われることになるかもしれません。


by kibouh1 | 2019-04-19 06:36 | 平和を | Comments(0)

勇者

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毎週金曜日は戦争体験の投稿欄があります。記録し読み返しています。

「迫るグラマン わが子守る母  79歳

 昭和20年、梅の実が黄色熟れ始めるころだった。 私と姉は母の手伝いとして 梅の実を取りに行った。私が木に登って枝をゆすり、 落ちた梅の実を姉が集める。そこに突然、プロペラ機の爆音とともに機影が見えたので手を振った。その時「梅の実はいいから、こちらに来なさい」と母の叫ぶ声がした。髪を振り乱し、はだしのまま布団をひきずりながら走って来る。不気味な母のしぐさに走るしかなかった。 次の瞬間、2人は母の両腕に押さえられ、布団で覆われた。間もなく頭上の飛行機は爆音を残して通り過ぎ「もういいよ、帰りましょう」と優しい母の声を聞いた。終戦間近のことで、敵機のグラマンだった。私はこのように勇敢な人を見たことはなかった。それが母だったとは・・・。敵機の下を走り来る母の愛に心打たれた。世の母は皆勇者だと思う。」(201938日西日本新聞)

語り継がれることを願っています。


by kibouh1 | 2019-04-03 06:30 | 平和を | Comments(0)

戦争で・・・

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多くの夢が断たれた時代の人の思いです。

「戦争に奪われた声楽の夢、もう一度 93歳、歌い続ける 福岡の井口千枝子さん「今の方が上手よ」

 戦争にかき消された歌への情熱を、心に秘めながら60代から再び燃やし、93歳になった今も歌い続けている人がいる。

 福岡市博多区にある音楽練習室の一室。声楽家森岡謙一さんが講師を務める声楽グループ「フォレスティーナ福岡」のメンバーに、井口千枝子さん(93)=同市南区=はいた。個人レッスンの順番がやってくると、押し車でピアノの横にゆっくりと移動し、椅子の背もたれに手をかけてピンと背筋を伸ばした。(略)

 井口さんは1925(大正14)年、京都に生まれた。幼いころから地元のラジオ番組に出演したり、独唱演奏会に招かれたりするほどの歌声で注目され、18歳で東京音楽学校(現東京芸術大音楽学部)の声楽科に進学、歌手を目指した。

 しかし当時は太平洋戦争のまっただ中。職員や学生の学徒動員などで授業がままならなくなり、混乱の中で井口さんは卒業できないまま京都の実家に戻り、見合い結婚した。夫の勤めの関係で東京から福岡市に移り住み、子ども3人、孫4人、ひ孫8人に恵まれた。(以下略)=2019/03/15付 西日本新聞朝刊=」

多くの人たちが戦争であきらめたことがあったのではないか。こんな投稿もありました。

「人を凶器へと変えないため 70歳

防衛大学校で「指導」と称して繰り返し暴行を加えたとして、上級生らに賠償を命ずる判決が下された。この裁判で父の話を思い出 した。 父はニューギニアの山越えでマラリアとアメーバ赤 痢にかかり帰国。退院して 町も乗るべき船もなく、三重航空隊の乙種予科練の班長として、海軍に戻った。今で言う中学3年生が入隊し、訓練を受けていた。多くの若者が体罰と称する暴行を受けていたのだ。父は自ら体罰を経験し、暴力からは恨みや憎しみしか生まれないと実感していた。その年に戦争は終わり、若い予科練生から反撃の制裁を受ける上官がいたと話していた。

ずっと後に予科練の会があり、父は参加した。その後、出世した隊員から「班長、背中を流しましょう」と風呂で言われたと、父は喜んでいた。戦争は人を凶器と変える。防衛大学校では人が人であり続けることを願わずにはいられない。」(2019222日西日本新聞)


by kibouh1 | 2019-03-26 07:09 | 平和を | Comments(0)

体験が大事


震災も、災害も、時が経てば風化します。戦争体験もあと10年もすれば大きく減っていくでしょう。体験がない政治家が実権を握っています。

新聞の投稿欄からです。

「毛布1枚哀願 復員した老兵 95

 昭和20815日、大戦終戦。敗戦業務を行うため私たち陸兵一大隊(450)は当時の福岡県糸島郡深江町深江国民学校を仮兵舎として作業していたが 9月初旬に終了。全員復員と決まった。 復員時「持ち帰れる物は「着用している衣服」と通達があり、毛布は将校(少尉以上の武官)3枚、下士官(少尉の下に位する武官) 1枚、兵卒(下級兵)はなしと命令された。翌日、週番下士官だった私は内務班(校舎)を巡回した。ある班に老いた召集兵がいた。この兵は「古里で妻が病気です。毛布1枚授けてください」と哀願した。私はどっちつかずの返事してその場を去った。翌日、大半の兵隊が復員した。先の老召集兵が所属していた小隊から「毛布1枚、行方不明」の届け出があったが問題視せず。そのまま全員が古里ヘ帰った。」(201921日西日本新聞)

こうした配慮で命がつながっていけば良いのですが。


by kibouh1 | 2019-03-18 06:01 | 平和を | Comments(0)

体験を受け継ぐ

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私も西日本新聞の取り組みを評価しています。

 

「知る世代減るも「伝言」に期待

本紙の「戦争―|次の世代への伝言」長く継続して実行しておられることを私は高く評価しています。貴いことです。 戦争を知っている世代は わずかになってきました。私も敗戦の時、国民学校の 3年生でしたから、知っているぎりぎりの世代です。 戦時中、天皇は現人神と 呼ばれました。戦地に送られる若者は戦死すれば靖国神社に祭られ、神である天皇が参拝くださる。それが子を戦地ヘ送った母親の何よりの慰めでした。

私の次兄は戦死後、その知らせと共にブリキのよう}な勲章が送られてきました。母はそれを神棚に飾り、手を合わせました。私は子ども心にただ、悔しいだけでした。(以下略)」(2019125日西日本新聞)

3月1日の体験談からです。90歳代の投稿が多いのも特徴です。

「敗戦の国民に 正義通用せず  92歳

終戦時、干していた布団を中国人に盗まれた。その犯人を捕まえたところ、反対に中国保安隊から中国人民保護の名目で私が逮捕された。敗戦国民には正義は通用しない。保安隊詰め所に連行され、いきなり目隠しされた。銃殺するのかと思い、目隠しを投げ捨てた。いかにも勇ましいようであるが、反対である。目隠しされると、いつ撃たれるかと不安になり恐怖に襲われるのだ。目隠しを外すと不思議に落ち着く。 若い隊員が銃に弾を1発込めた。よく見ると、中学生の時、軍事教練の時に使用していた菊のご紋章が彫られた三八銃だ。

クッソ!こんなことで殺されてたまるかと思うが、どうすることもできない。腹を決めろと自分に言い聞かせ、三八銃で殺されるのがせめての慰めじゃわいと、自暴自棄になる。その時、突然玄関の方で大声がしたと思ったら、長靴を履いたソ連の将校らしき憲兵が入ってきた。隊員が持っていた銃を取り上げ、殺すな、殴打しろと身ぶり手ぶりで隊員に言った。別の部屋に移されて床にうつぶせにさせられた。

背中にビシッときた。あまりの痛さに右腕でかばったら、その右腕をまた、たたかれた。痛くて腕を下ろした。なんでたたいているのかと見ると、ボーイスカウトが使用していたカシの木 の六角棒だ。この棒で悲鳴 ともいえるような声を出して殴打している。六角棒の次は革バンドだ。背中、手のひらを殴打する。焼け火箸をあてられたような痛みが走る。そしてやっと解放された。暴行を受けている間、私は悲鳴一つ上げなかった。ここで弱音を吐いたら日本人 の恥だという意地があった のだろう。」(201931日西日本新聞)


by kibouh1 | 2019-03-17 05:56 | 平和を | Comments(0)

戦争が変えた人生

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2019118日西日本新聞の戦争体験記からです。

「時代が違えば 文学希望の父  70

父は大本営直属のソ連専門の特務機関長であった。白いオオカミが出没するため「白狼」と名がついた満州(中国東北部)の国境の町を拠点としていた。終戦の数カ月前から頻繁にソ連のスパイがハルハ川を越えて侵入してきたという。ソ連が侵攻した際には、関東軍はあるラインまで後退し、特務機関が後方よりかく乱する計画だった。父は部下の現地の人々と共に作戦通りに興安嶺の山々に隠していた武器を使ってゲリラ活動に従事したという。その後は満州各地を転々と移動し、2年後に日本に帰還した。大正生まれの亡父は陸軍士官学校に進んだが、五・一五事件に関わり退学、満州に渡った。特務機関として現地に溶け込み、情報収集に当たったらしい。今は特務機関長の父しか知り得なかった戦争の真相をもっと聞いておけばよかったと後悔する。私の受験の際、父が「激動の時代でなければ士官学校ではなく、東亜同文書院(上海)に進み、中国文学や歴史を勉強したかったと言っていたのが強く印象に残っている。」

「妻子5人残し召集された父 72

生前、父がいろり端で焼酎を飲みながら、戦争をぽつりぽつり振り返りながら話していたことを思い出す。父は太平洋戦争が始まる年、7歳と5歳、2歳、5カ月の4人の子どもを残し32歳で召集され南方戦線のフィリピンヘ出征した。父は国の命令とはいえ、母が赤ん坊を含む4人の子どもを抱えて野良仕事し生活していけるだろうかかと心配と無念の思いで戦地ヘ赴いたに違いない。断腸の思いであったろう。

戦地では食糧もなく、飲まず食わずで戦ったと申していました。ただただ国の勝利を信じ、気力のみで戦った。敵は物量作戦にものをいわせ、次第にわが軍は守勢に立つようになった。口では言えなかったけど、 この戦は負けると思ったそうです。 何より悲しかったのは、 とても親しくしていた戦友が戦死したときだったと目頭を押さえていました。「戦争は失うことばかり」と怒りを込めた言葉を私は忘れない。」


by kibouh1 | 2019-03-11 06:21 | 平和を | Comments(0)

歴史を知ろう

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日韓関係について藤原氏の指摘に冷静な議論と評価が必要だと思いました。現代史を学ぶことが少ないので仕方がないかもしれませんが、一呼吸において考えてみたい。

「時事小言 厳しさ増す日韓関係 藤原帰一

韓国で語られる歴史が「正しい」わけではない。それでもここで問いかけたいことがある。植民地支配のもとに置かれた朝鮮半島の社会、そして戦時に動員された労働者や女性が強いられた経験について、日本でどこまで知られているのか、ということだ。日本の朝鮮半島支配を正当化し、徴用工は強制的に動員されていない、慰安婦は売春婦だなどと切って捨てる人が日本国民の多数だとは私は信じない。だが、そのような言説が日本で行われていることは事実であり、さらに植民地支配と戦時動員という過去を見ようとせず、知らないことのなかに自分たちを置いている日本国民が少なくないことも否定できない。これでは、過去を知らない責任を問われでも仕方ない。

歴史問題では謝罪の有無が繰り返し議論されてきた。日本政府が謝罪を行ったと私は考えるが、何が起こったのかを知らなくても謝罪はできる。謝る前に必要なのは、何が起こったのかを知ることだ。自分たちを支える国民意識に引きこもって日韓両国民が非難を繰り返すとき、ナショナリズムと結びついて単純化された国民の歴史から自分たちを解放する必要は大きい。=敬称略(国際政治学者)(一部引用) 」(2019224日朝日新聞)

 私は戦争体験の投稿をできるだけ読むようにしています。それは事実を知りたいからです。体験の多くが、満州や朝鮮からの引き揚げの大変さやシベリア抑留の過酷さに触れていますが、徴用工や慰安婦のことに触れたものがほとんどないのです。私は学校でも学んだことがありません。徴用工については日韓政府の間では個人の請求権の放棄までは含んでいないとする見方がありますが、マスコミは伝えていないように思います。本当のところを知りたいものです。


by kibouh1 | 2019-03-04 06:26 | 平和を | Comments(0)

空母とは

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インクの製造中止という体験はありませんが、インクの値段の高さにはいつも驚きます。

「使い捨て過剰現代の悪循環 55

印刷の途中、プリンターのインタが切れ、買いに出掛けた。プリンターの製造終了後かなりの年数がたつていたので、インクは製造中止になっていた。プリンターはまだ動くのにと泣く泣く購入を考え、 ネット通販で探した。すると同じメーカーの後継機種の新品が見つかった。驚いたことにインク付きで、インクだけを購入するより値段が安い。すぐ注文した。購入者の評価に「インクが 切れるたびに新しい機種を購入します」とあった。 さすがにプリンターの使い捨ては罰が当たりそう。 やはり、おかしなことだ。 きっと新しい商品が出れば、古い商品はたちまち価値が暴落し、投げ売りされてしまうのだろう。(以下略)」

2019114日西日本新聞)

もったいないというより高価なものは軍事機器です。

「現代の空母化 意味はあるか   69

海上自衛隊の哨戒機が韓国駆逐艦からレーダー照射を受け、日韓の大問題に発展している。思えばかつて、わが国は米国より多い正規空母を保有していた。昭和16年末、赤城、加賀など空母6隻を擁する機動部隊。ハワイ真珠湾を奇襲攻撃した太平洋戦争緒戦のころである。その後、空母は次々と撃沈された。新造が追いつかず、商船の空母改造や 戦艦日向、伊勢の後部砲塔2門を撤去、飛行甲板を設置し「航空戦艦」に改造した。しかし、制空権を

回復することはなかった。当時でも空母単独では攻撃力は圧倒的である半面、防御力は極めて脆弱だったことは歴史が証明している。

現在、海上自衛隊はヘリコプター搭載護衛艦をいずも、かが、ひゅうが、いせの4隻保有している。今回のいずもの空母化は甲板を強化して戦闘機を離着可能にするもの。高度なIT化 が顕著なミサイルの現代 に、空母化はどんな意味があるのだろうか。」(2019112日西日本新聞)

空母化にどんな意味があるのか。そこが知りたい。


by kibouh1 | 2019-03-03 06:01 | 平和を | Comments(0)