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気ままなつぶやきです


by kibouh1

カテゴリ:障害者( 56 )

粗末な対応だ

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2019613日西日本新聞の読者投稿欄からです。

「障害者の職場環境づくりを 34

昨年8月に中央省庁の障害者雇用率の水増しが発覚し、各省庁は不足した雇用率を埋めるため障害者の採用を進めている。今年2月 には障害者のみを対象とした国家公務員試験を行い、 今秋にも2回目の試験を実施する予定だ。政府は年末までに約4千 人の障害者採用を掲げるが、数合わせを急いでいるようにしか思えない。51日の本紙によると、昨年10月以降に省庁に採用された障害者のうち、今年5月時点で100人以上が離職していた。予想通りだった、というのが正直な感想だ。国は雇用率達成ありきではなく、職場定着までを視野に入れて障害者の働きやすい環境づくりを行ってほしい。(以下略)」(2019613日西日本新聞)

今の政権では、何か問題が露呈すると何日間で解決すると言います。北海道の大規模停電でもそうでした。徐々に短期で解決できないと後から繰り返します。巧妙と言えばそうですが、障害のある人をなめきっています。受け入れ態勢も整わないのに言う・・・・


by kibouh1 | 2019-06-20 05:41 | 障害者 | Comments(0)

費用が「高い」のでは

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ある銀行が通帳をデジタル化し、それを基本とするという。高齢者などにとって便利になるのだろうかという疑問があります。

 高齢者に必要な制度として成年後見制度があります。次のような意見がありました。

「(私の視点)成年後見制度生活困窮者も使いやすく 大野知行2019528日朝日新聞

 成年後見制度は、判断能力が低くなった高齢者らの意思を尊重しながら、その暮らしと財産を守るものだ。最近、後見人選びや報酬のあり方、横領などの不正、制度の使いにくさなどが議論されているが、生活保護との関係については、あまり論じられてこなかった。

 生活保護受給者の判断能力が低下すると、どのようなことになるだろうか。被保護者は生活に必要な最低限度の金銭しか持っていない。その状況で、判断能力が落ち、無計画な支出がされれば、たちまち食費や家賃が払えなくなる。通帳を紛失し、支払いを忘れ、手続きが分からぬまま水道や電気が止まることもある。

 手持ちの現金がないと、どうしても衣食住環境への関心も低下するため、セルフネグレクト(自己放任)となり衰弱にも至りやすい。被保護者の判断能力の低下は命の危険に直結するのだ。それゆえ、成年後見人を選び、金銭や健康が適切に管理されるように支援する必要がある。

 しかし、成年後見制度を利用するにも費用がかかるため、被保護者などの生活困窮者は事実上、制度が利用できない環境にある。かといってケースワーカーは法的な代理権を持たず、後見人の代わりを務められない。そこで国は、成年後見制度利用支援事業という仕組みをつくった。本人に代わって申し立てや後見人にかかる費用を助成する制度だ

 ただ、自治体主導の制度のため、積極的に利用を促す市町村もあれば、全く事業を行っていない市町村もあるなど、地域格差が生じてしまった。制度上、仕方のないこととは言え、住んでいる地域によって後見制度の利用の可否が決まるのでは、「法の下の平等」にも反し、望ましいことではないだろう。(以下略)(おおのともゆき 司法書士)」

昨年末だと思いますが、後見人の報酬が改正され基本が月2万円として加算があり、今までより上がりました。後見人が増えないのは報酬が低いのも大きいとも聞きます。ですが、障害のある人の年金は重たい人で8万円強です。それだと利用するのを逡巡することになります。成年後見制度利用支援事業のことを知り調べてみたいのですが、制度そのものがない自治体が多いことを知りました。使いやすい制度とはまだ言えないように思います。


by kibouh1 | 2019-06-06 06:10 | 障害者 | Comments(0)

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イチローがアメリカに帰った。51番ゲートから搭乗したという。粋な計らいです。記者会見で次のように述べたそうです。「少しずつの積み重ねでしか自分を超えていけない。遠回りすることでしか本当の自分に出会えない」と。積み重ねで来た人にしか言えないように感じました。

話題は障害児の学校の送迎です。以前に比べれば着実に進んでいると思いました。

「【とまり木どこに】学校編(4)スクールバス代替機能、待ったなし

 医療的ケア(医ケア)が必要な子どもは、特にたんの吸引が必要な場合、親が自家用車で送迎しない限り、通学は難しい。走るスクールバスの中での吸引は危険性が高いとされ、福岡市立の特別支援学校でも車内での対応はしていない。

 ただ、親の送迎負担を軽減するため「乗車中に吸引しなくても体調を崩さない」と判断されれば、乗車が認められている。そんな子どもの通学風景は-。

 ●車内介助にリスク

 ある支援学校では毎日6台を朝夕運行。最大69人が乗車し、うち医ケア児は9人、たん吸引が必要な子どもは6人。車内では「バス介助員」が1台2人態勢で、子どもたちを見守る。しかし-。「この仕事が大好きでずっとやってますが、もし事故が起こったらと考えると本当に怖いです」。介助員歴約20年のAさん(49)は伏し目がちに語る。

 介助員は、市教育委員会が運行を委託する民間のバス会社側から雇われている。介護士などの資格は必要ではなく、もっぱら経験則で、車内の「安全確保」を一手に引き受けてきた。

 運行は片道約1時間。1台に6~16人が乗り、医ケア児は0~3人。だが医ケアが必要ない子でも、急なけいれん発作や嘔吐(おうと)はある。一人一人の顔色を常に観察し、呼吸や声の状態に耳を澄ませる。医ケア児が急にたんが出た場合は背中をたたいたり、前かがみにしたり。何とか自力で口から出してもらい、ティッシュで手早く拭き取るしかない。

 万が一のときには停車し、救急車を呼ぶ手はずだ。ただ交通渋滞もあり、バスは簡単には止められない。訪問介護のヘルパーの仕事もしているBさん(43)は「たとえ看護師でも、身動きが取れない大型バスは怖いのでは」。

 空気を読み、たんを出すのを静かに我慢している子もいる。「何とか子どもが車に乗れて、苦しい思いもせず、楽しく学校に行ける環境が整えば、と思うんですが…」(Aさん)

 ●親の送迎は安全?

 学校側は下校時も医ケア児が乗れるかどうか、毎日慎重に判断している。以前は看護師が車内に乗り込み、発車ぎりぎりまでたんを吸引していたものの、「かえって誘発しかねない」との懸念もあり、やむなく「ベースライン」(管理職)を設定。玄関を出たら原則、吸引はせず、その後にたんが出れば、保護者に迎えに来てもらう。

 もっとも、親がマイカーで送迎するにしても、吸引のたびに車を路肩などに止め、狭い車内での対応を迫られる。医ケア児にとって、決して「安心、安全」な環境とは言い難い。

 最近は障害児向けの学童保育「放課後等デイサービス」で医ケア児も預かる事業所が増え、送迎にも対応する。学校やバス停には放課後、事業所のワゴン車がずらりと並ぶ。看護師らが同乗し、利用後は子どもを自宅まで送り届ける。「放課後デイで可能なのに、なぜ通学ではできないのか」「日ごろ利用している訪問看護師さんが送迎してくれるような仕組みがあればいいのに」…。親たちの間では、そんな声も上がる。

 ●福祉サービス併用

 全国的には近年、スクールバスの代わりに小型のワゴン車などを使った自治体による通学支援が広がりつつある。中でも滋賀県は2014年度から、県立の支援学校に通う医ケア児を対象に、保護者支援のための実証研究事業を続ける。ユニークなのは、各市町の福祉サービスを併用した支援制度を模索している点だ。(略)

    ×      ×

 【ワードBOX】医療的ケア児への通学支援

 東京都は本年度、小型ワゴン車などの専用通学車両と看護師を約6億円かけて確保し、対象児が在籍する全17校に導入。大阪府は新年度、既に介護タクシーに看護師を同乗させている大阪市を参考に、モデル事業に乗り出す。長崎県平戸市は福祉サービスの移動支援の枠組みで、市社会福祉協議会の看護師資格を持つヘルパーが民間のマイクロバスに乗る形で対応中。こうした実態を踏まえ、文部科学省は2月、医ケア児のスクールバスなど専用通学車両への乗車可能性を「できる限り追求することが必要」との留意点を取りまとめた。=2019/03/21付 西日本新聞朝刊=」


by kibouh1 | 2019-03-30 06:28 | 障害者 | Comments(0)

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医療的ケアの人たちの実態調査がされたという。

「医療的ケア必要、歩ける人15% 県が初の実態調査 

寝たきり以外3割 重度者含め対応検討 [福岡県]

 在宅でたん吸引などの医療的ケア(医ケア)が必要な人たちを対象に県が本年度、初めて行った実態調査によると、約3割が寝たきりではないことが分かった。重い障害や難病ではない人も少なくないとみられ、一人で歩ける人も約15%いると判明。重度者向けの福祉サービスは比較的整っている半面、健常者と同じように元気な「歩ける医ケア児・者」への支援は制度のはざまで遅れており、県は重度者も含め本人や家族へのサポート策を早急に具体化する。(略)

 回答者のうち施設入所者の10人を除く282人に現在の体の状態などを聞いたところ、姿勢については「寝たきり」が185人(65・6%)だった半面、「自分で座れる」「つかまり立ちができる」「一人立ちできる」が計83人(29・4%)。移動に関しては「一人では移動できない」が195人(69・1%)と最も多かったものの、「一人歩きができる」も42人(14・9%)に上った。

 必要な医ケアはたん吸引が約7割、経管栄養も6割強。人工呼吸器を着けている人は4割近くいた。主な介助者は母親が最も多く約6割。たん吸引の頻度は1日(24時間)に12回以上と答えた人が4割を超えた。「利用しやすくなれば利用したいサービス」は短期入所が最多の約4割だった。

 医ケアが必要な人はこれまで、手足などの動きが不自由で物事を理解するのに遅れがある「重症心身障害児・者」に多いとみられてきたが、県は「そうした重度者ではない『歩ける医ケア児・者』が各地に一定程度いる」(担当者)と判断。医ケアに対応する短期入所施設はもともと重度者向けの法制度に基づいてサービスを行っていることなどから、重度でない場合は利用できないケースが多いため「重度者も含め、本人のケアで片時も離れられない家族らの負担を軽減する施策を充実させたい」としている。(以下略)=2018/12/15付 西日本新聞朝刊=」

ケアの負担が母親に集中していると言われます。これから成人期に入ります。長期的な視点での施策が求められているのではないか。


by kibouh1 | 2018-12-25 08:14 | 障害者 | Comments(0)

能力を発揮できない

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障害者問題で雇用問題が話題になることは少ない。

「多様性を認め 共生の意識を  69

 障害者雇用水増し問題は、認識不足が原因との国の釈明には違和感を覚え、帳尻合わせに走るお役人の姿は怒りよりも悲しみを感じます。問題の背景には障害者を特別視し社会から分離しようとする人間の普遍的な差別意識があります。

普通学級に通学が可能なように、バリアフリー化や補助員の配置に国は全力で取り組んでほしい。障害のある子と一緒に机を並べれば障害は特別でなく個性であると気付き、偏見も少なくなるでしょう。 827日付「提論」で関根千佳さんが「障害者はエッジの効いたフロントランナーであり、共に働くこと で新たな視点を得て、革新的な技術が生まれることを 欧米の企業や政府は理解し ている」「障害とは能力の発揮を阻害されている状態」と述べておられました。ユニバーサルデザインが当たり前の欧米社会に対し周回遅れのわが国。障害者が生き生きと働き輝く社会ヘ向け、人間の多様性を認め隔離でなく共生へと、私たちの意識を変え政治を変えていかねばと思います。」(2018915日西日本新聞)

ここで注目されているように普通学級で共に学ぶようにならないと本物になっていかないように思う。


by kibouh1 | 2018-11-08 06:09 | 障害者 | Comments(0)

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「九州8県市、障害者採用に不適切条件 「介護者なし」「自力で通勤」 差別の恐れ、削除検討

 九州7県と3政令市のうち、福岡県と熊本市を除く8県市が障害者を正規職員として採用する際、応募資格に「介護者なしで業務の遂行が可能」との条件を付けていることが西日本新聞の取材で分かった。長崎、宮崎、鹿児島3県と福岡市は「自力で通勤できる」ことも求めている。募集段階で一部の障害者の応募を制限するような条件を付けるのは差別に当たる恐れがあり、各自治体は削除などを検討している。

 財務省なども同様の条件を付けていたが、障害者団体から「介助があれば通勤や勤務が可能な人を排除しており、差別だ」などと抗議を受け削除。厚生労働省は「不適切」との見解を示している。

 大分県では職員募集要項の受験資格に「介護者なしの職務遂行」との条件を1998年度実施分から記載。担当者は「原則として1人で仕事をしてもらうという趣旨だった」と説明し、差別の意図を否定した。

 8県市のほとんどは80~90年代に障害者枠の採用試験を始めた当初から「介助、介護者なし」との条件を付けている。理由として「県職員ではない介護者が機関情報に触れる可能性があるため」(佐賀県)と公務員の守秘義務を挙げる一方、「先行自治体を参考にした可能性があるが、正確な理由は分からない」(宮崎県)との回答もあった。

 長崎県は「介護者」と「自力通勤」の両条件を設けているが「必ず1人で来なさい、という意味ではなく家族らによる送迎は可能。職場では職員による手助けもしている」と釈明する。

 福岡市が募集する学校事務職員は、両条件に加え「活字印刷文による出題に対応できる」ことも求めている。仕事が活字の書類を扱うものが中心のためという。

 ただ、社会情勢や障害者との共生の理念の浸透を受け、条件をなくす動きは進みつつある。熊本市は「活字印刷文」の条件を付け点字試験をしていなかったことが2014年に問題視されたのを機に、他の条件も含め撤廃。佐賀県と北九州市は公共交通のバリアフリー化などを理由に自力通勤の条件は削除している。(以下略)=2018/10/31付 西日本新聞朝刊=」

差別解消法がある時代と10年前とは受け止め方が異なっていると思います。見直しすべきだと思います。


by kibouh1 | 2018-11-07 06:23 | 障害者 | Comments(0)

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「花時計

825日は県民にとって特別な日だ。12年前のこの日、福岡市東区で飲酒運転による3児死亡事故が起きた。事故を機に道交法が改正されて厳格化。警察、行政、県民がスクラムを組んで撲滅に取り組んでいるそれでも飲酒運転はなくならない。県内での昨年の摘発の

数は1440件と前年に比べて5件増えた。警察取材を担当していると、毎日のように逮捕者が発表される。撲滅を願う遺族の思いを紙面で伝えているだけに、もどかしい気持ちになる県の調べでは、飲酒運転の常習者の3割はアルコール依存という。撲滅の鍵の一つは依存症の治療にあるが、自覚症状に乏しい上に禁断症状を伴う断酒には強固な意志が必要だ。社会全体で依存症への理解を進め、支援の輸を広げなければならない。(御厨尚陽) 」(2018829日西日本新聞)

依存症を減らす努力がされているにカジノをつくり依存症を増やすのではないかという。

アジア大会の障害者大会で、視覚障害者の試合で韓国のメダリストが晴眼者(目が見えるということ)であることが判明したというのをテレビでやっていました。動機としてはメダリストになると年金が支給されることがあるという。スポーツ振興と国からの報奨制度の是非についても議論が必要ではないか。

パラリンピックといっても全部の障害が参加できるわけではありませんし、基本は参加できても障害程度によって参加できないこともあるという。パラスポーツの在り方を検討すべきではないか。

「谷真海選手に 出場の機会を 25

東京五輪・パラリンピックまであと2年。日本に世界中のアスリートが集結する。尊敬する谷真海選手もその一人だ。彼女は20歳で骨肉腫を患い、義足のロングジャンパーとなった。並々ならぬ努力の末アテネ、 北京、ロンドンとパラリンビックに出場した。東京大 会招致のため世界を相手に スピーチを行った立役者だ そんな彼女は東京大会で は幅跳びではなく、トライアスロンの選手として出場を目指している。しかし、 そのトライアスロンの実施 8種目が発表され、彼女が出場予定のPTS4のクラスは実施が見送られた。出場選手数抑制が理由だ。クラスは障害の程度により決まる。大きな大会を実施するには抑制は必要だろうが、なぜ選ぶことのできない障害の程度により、夢を諦めなければならないの

か。私は谷選手が出場する東京パラリンピックを見に行く夢をあきらめない。柔軟な救済措置を望む。」(同前)


by kibouh1 | 2018-10-21 06:48 | 障害者 | Comments(0)

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新聞の投稿欄からです。

「(声)障害児も共に学べる学校に 70歳 201881日朝日新聞

 私には最重度の障害がある10歳の孫がいて、特別支援学校に学校のバスで通学しています。通学仲間の中には自己表現や主張がうまくできないだけで、いわゆる知的障害に当てはまらないのではと思う子もいます。保護者に尋ねると、普通学校ではその子への特別な支援ができないので、支援学校の方がいいと言われたとのことです。

 現在、障害の有無で区別されず、教師が一人ひとりに丁寧に向き合い、どんな子も共に学び合う「インクルーシブ教育」が推進されています。私は、普通学校の特別支援学級をより充実させることが、どの子にとっても意味ある学びの場を生み出すのではと考えます。

 私の孫は、学習塾と音楽教室に通い、内容は違いますが、健常者と同じ場で学んでいます。先生方の理解もあり、障害者と健常者が交流しながら互いに認め合い、成長できる場が現に存在できているのです。孫は健常者の子どもから多くの刺激を受け、健常者の子どもたちは孫との関わりから健常者同士の関係だけでは得られない学びを得ています。2こうした学び合いが、義務教育においてなぜ広がっていかないのか疑問を感じます。」

特別支援学校は養護学校と呼ばれていました。その前は、障害児は就学免除の適用が多く、とにかく学びの場での受け入れとして普通学級とは別の学校で学ぶことで決着したと聞いたことがあります。しかし、今も猶予か免除の人たちがいるとのことですので、実態はどうなのでしょうか。国連の「障害者権利条約」では基本はインクルーシブ教育だとしています。早期の実現を期待したい。


by kibouh1 | 2018-08-11 06:31 | 障害者 | Comments(0)

障害者問題の背景に

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「コラム 花時計

障害者福祉施設の所長だった40代男性が、知的障害がある利用者の女性(20)に性的虐待をしていた問題を報じた。施設側に取材した際、「恋愛関係だった」(虐待という指摘は)女性の気持ちを無視することになる」と釈明した障害者だって恋愛するし、性的関心も抱くと言いたかったのだろう。女性に関わる別の福祉関係者に話を聞くと、「ありえない言い訳」と切り捨てた。仮に女性の側から恋愛感情を抱いたとしても、「適切に対応するのも支援だ」と言った立場を利用した性暴力はこの問題に限ら ない。上司部下、教師生徒・・・。辞任した財務省の福田淳一前事務次官の問題も構図は同じ。相手との関係性をきちんと理解していれば、ありえない言い訳をするはめになることもない。(久知邦) 」(2018425日西日本新聞)

コラムの指摘は重要だが、そのように対応できる人材が集まってくるのか、集まってきても研修などで支援する力を身につけられるか。そんな不安もあります。

次の盲ろう者になれば支援する力はさらに求められるのではないか。見えない、聞こえない人の世界は東大の福島教授の登場で知られることになりましたが、まだまだ知られれいません。

「盲ろう者を撮る  山上徹二郎

2017年に公開した『もうろうをいきる』は、いろいろな思いが詰まった作品だが、自分の中でもまだ作品の評価が定まっていない。今も上映中であり、映画の被写体になってもらった盲ろうの人たちや、映画を鑑賞した人だちの感想を、充分に消化できていな いからなのかもしれない。いずれにしても、映画は観客の中で完結するので、もう少し時間が必要な のだろう。 『もうろうをいきる』では、目が見えず耳が聞こえない、8名の盲ろう者の人たちを全国に訪ね、撮影した。映画は、視覚と聴覚に頼った表現だ。盲ろう者は、ぼくたち製作者が、これまで映画の観客として無視してきた人たちなのだ。その人たちのことを映画に撮ることについて、当初いくらか戸惑いがあった。10年ほど前から、バリアフリー映画 の製作・普及に関わってきたが、20 16年にバリアフリー映画研究会の仲間たちと、盲ろう者を対象にした上映会を全国3カ所で初めて開催した。 上映会では盲ろう者ひとり一人に、 それぞれ異なる鑑賞方法で情報保障を 試した。盲ろうの人たちにとっても、映画は娯楽であり、また上映会で人と 触れ合うことが大きな喜びであること を知らされた。

(以下略) (映画プロデューサー。挿絵も筆者)」(同前)


by kibouh1 | 2018-06-27 06:13 | 障害者 | Comments(0)

障害者問題の背景に

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「コラム 花時計

障害者福祉施設の所長だった40代男性が、知的障害がある利用者の女性(20)に性的虐待をしていた問題を報じた。施設側に取材した際、「恋愛関係だった」(虐待という指摘は)女性の気持ちを無視することになる」と釈明した障害者だって恋愛するし、性的関心も抱くと言いたかったのだろう。女性に関わる別の福祉関係者に話を聞くと、「ありえない言い訳」と切り捨てた。仮に女性の側から恋愛感情を抱いたとしても、「適切に対応するのも支援だ」と言った立場を利用した性暴力はこの問題に限ら ない。上司部下、教師生徒・・・。辞任した財務省の福田淳一前事務次官の問題も構図は同じ。相手との関係性をきちんと理解していれば、ありえない言い訳をするはめになることもない。(久知邦) 」(2018425日西日本新聞)

コラムの指摘は重要だが、そのように対応できる人材が集まってくるのか、集まってきても研修などで支援する力を身につけられるか。そんな不安もあります。

次の盲ろう者になれば支援する力はさらに求められるのではないか。見えない、聞こえない人の世界は東大の福島教授の登場で知られることになりましたが、まだまだ知られれいません。

「盲ろう者を撮る  山上徹二郎

2017年に公開した『もうろうをいきる』は、いろいろな思いが詰まった作品だが、自分の中でもまだ作品の評価が定まっていない。今も上映中であり、映画の被写体になってもらった盲ろうの人たちや、映画を鑑賞した人だちの感想を、充分に消化できていな いからなのかもしれない。いずれにしても、映画は観客の中で完結するので、もう少し時間が必要な のだろう。 『もうろうをいきる』では、目が見えず耳が聞こえない、8名の盲ろう者の人たちを全国に訪ね、撮影した。映画は、視覚と聴覚に頼った表現だ。盲ろう者は、ぼくたち製作者が、これまで映画の観客として無視してきた人たちなのだ。その人たちのことを映画に撮ることについて、当初いくらか戸惑いがあった。10年ほど前から、バリアフリー映画 の製作・普及に関わってきたが、20 16年にバリアフリー映画研究会の仲間たちと、盲ろう者を対象にした上映会を全国3カ所で初めて開催した。 上映会では盲ろう者ひとり一人に、 それぞれ異なる鑑賞方法で情報保障を 試した。盲ろうの人たちにとっても、映画は娯楽であり、また上映会で人と 触れ合うことが大きな喜びであること を知らされた。

(以下略) (映画プロデューサー。挿絵も筆者)」(同前)


by kibouh1 | 2018-06-27 06:13 | 障害者 | Comments(0)