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気ままなつぶやきです


by kibouh1

2019年 03月 26日 ( 1 )

戦争で・・・

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多くの夢が断たれた時代の人の思いです。

「戦争に奪われた声楽の夢、もう一度 93歳、歌い続ける 福岡の井口千枝子さん「今の方が上手よ」

 戦争にかき消された歌への情熱を、心に秘めながら60代から再び燃やし、93歳になった今も歌い続けている人がいる。

 福岡市博多区にある音楽練習室の一室。声楽家森岡謙一さんが講師を務める声楽グループ「フォレスティーナ福岡」のメンバーに、井口千枝子さん(93)=同市南区=はいた。個人レッスンの順番がやってくると、押し車でピアノの横にゆっくりと移動し、椅子の背もたれに手をかけてピンと背筋を伸ばした。(略)

 井口さんは1925(大正14)年、京都に生まれた。幼いころから地元のラジオ番組に出演したり、独唱演奏会に招かれたりするほどの歌声で注目され、18歳で東京音楽学校(現東京芸術大音楽学部)の声楽科に進学、歌手を目指した。

 しかし当時は太平洋戦争のまっただ中。職員や学生の学徒動員などで授業がままならなくなり、混乱の中で井口さんは卒業できないまま京都の実家に戻り、見合い結婚した。夫の勤めの関係で東京から福岡市に移り住み、子ども3人、孫4人、ひ孫8人に恵まれた。(以下略)=2019/03/15付 西日本新聞朝刊=」

多くの人たちが戦争であきらめたことがあったのではないか。こんな投稿もありました。

「人を凶器へと変えないため 70歳

防衛大学校で「指導」と称して繰り返し暴行を加えたとして、上級生らに賠償を命ずる判決が下された。この裁判で父の話を思い出 した。 父はニューギニアの山越えでマラリアとアメーバ赤 痢にかかり帰国。退院して 町も乗るべき船もなく、三重航空隊の乙種予科練の班長として、海軍に戻った。今で言う中学3年生が入隊し、訓練を受けていた。多くの若者が体罰と称する暴行を受けていたのだ。父は自ら体罰を経験し、暴力からは恨みや憎しみしか生まれないと実感していた。その年に戦争は終わり、若い予科練生から反撃の制裁を受ける上官がいたと話していた。

ずっと後に予科練の会があり、父は参加した。その後、出世した隊員から「班長、背中を流しましょう」と風呂で言われたと、父は喜んでいた。戦争は人を凶器と変える。防衛大学校では人が人であり続けることを願わずにはいられない。」(2019222日西日本新聞)


by kibouh1 | 2019-03-26 07:09 | 平和を | Comments(0)