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気ままなつぶやきです


by kibouh1

2019年 03月 17日 ( 1 )

体験を受け継ぐ

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私も西日本新聞の取り組みを評価しています。

 

「知る世代減るも「伝言」に期待

本紙の「戦争―|次の世代への伝言」長く継続して実行しておられることを私は高く評価しています。貴いことです。 戦争を知っている世代は わずかになってきました。私も敗戦の時、国民学校の 3年生でしたから、知っているぎりぎりの世代です。 戦時中、天皇は現人神と 呼ばれました。戦地に送られる若者は戦死すれば靖国神社に祭られ、神である天皇が参拝くださる。それが子を戦地ヘ送った母親の何よりの慰めでした。

私の次兄は戦死後、その知らせと共にブリキのよう}な勲章が送られてきました。母はそれを神棚に飾り、手を合わせました。私は子ども心にただ、悔しいだけでした。(以下略)」(2019125日西日本新聞)

3月1日の体験談からです。90歳代の投稿が多いのも特徴です。

「敗戦の国民に 正義通用せず  92歳

終戦時、干していた布団を中国人に盗まれた。その犯人を捕まえたところ、反対に中国保安隊から中国人民保護の名目で私が逮捕された。敗戦国民には正義は通用しない。保安隊詰め所に連行され、いきなり目隠しされた。銃殺するのかと思い、目隠しを投げ捨てた。いかにも勇ましいようであるが、反対である。目隠しされると、いつ撃たれるかと不安になり恐怖に襲われるのだ。目隠しを外すと不思議に落ち着く。 若い隊員が銃に弾を1発込めた。よく見ると、中学生の時、軍事教練の時に使用していた菊のご紋章が彫られた三八銃だ。

クッソ!こんなことで殺されてたまるかと思うが、どうすることもできない。腹を決めろと自分に言い聞かせ、三八銃で殺されるのがせめての慰めじゃわいと、自暴自棄になる。その時、突然玄関の方で大声がしたと思ったら、長靴を履いたソ連の将校らしき憲兵が入ってきた。隊員が持っていた銃を取り上げ、殺すな、殴打しろと身ぶり手ぶりで隊員に言った。別の部屋に移されて床にうつぶせにさせられた。

背中にビシッときた。あまりの痛さに右腕でかばったら、その右腕をまた、たたかれた。痛くて腕を下ろした。なんでたたいているのかと見ると、ボーイスカウトが使用していたカシの木 の六角棒だ。この棒で悲鳴 ともいえるような声を出して殴打している。六角棒の次は革バンドだ。背中、手のひらを殴打する。焼け火箸をあてられたような痛みが走る。そしてやっと解放された。暴行を受けている間、私は悲鳴一つ上げなかった。ここで弱音を吐いたら日本人 の恥だという意地があった のだろう。」(201931日西日本新聞)


by kibouh1 | 2019-03-17 05:56 | 平和を | Comments(0)