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気ままなつぶやきです


by kibouh1

言葉が違えば

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10連休明けの子どもたちには学校に行きたくないという事情を抱え込んでいるので心配だと新聞が伝えています。親も目くばせが必要かも知れません

改元騒動には政治的思惑が背景にあると指摘されています。その問題はうといので立ち入りしません。ただ、中国の書籍からの引用ではなかったことに意味があったのでしょうか。

北海道にはアイヌ語に似た漢字などを地名にしているといわれますが、音は似てても、意味は通じないというこでしょうか。

「『借り』からの出発  

以上のような宣長の作業が可能になったのは、『古事記』から、漢字・漢文の影響を受ける以前の「純粋な日本語」を見出すことができると、宣長が考えたからにはかなりません。宣長は、『古事記』の向こう側に、確かに、純粋な日本語が隠されていると考えたのです。さらにいえば、『古事記』以外には、その手掛かりは残されていないと確信していたと考えられるのです。その理由は、『日本書紀』と比較してみればわかります。正統な漢文で書かれた『日本書紀』は、いわば古代の中国語で書かれているといえます。『日本書紀』の漢文の文章の向こう側には、漢文すなわち古代の中国語しかありません。その向こう側に、たとえ日本語があったとしても、『日本書紀』は中国語の文章で記されているので、どのような日本があったのかをそこから窺い知ることはできないのです。それはちょうど、私たちの知

らない言語を英訳にした書物をみて、もとの言語を窺い知れないようなものです。」(『江戸の思想闘争』/山 泰幸)


by kibouh1 | 2019-05-12 06:45 | 支え合う社会に | Comments(0)