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気ままなつぶやきです


by kibouh1

講談社のノンフィクション賞に冠が

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下記の引用は一部ですので全文は西日本新聞のHPでご覧ください。

「永田健の時代ななめ読み 野糞のごとき君であれ

最初に読者の皆さんに、二つほどお断りしておきたい。第一に、今回の見出しの冒頭にある単語は「野菊」の誤植ではない。

 第二に、今回はこの単語が頻繁に出てくる。あまり美しい言葉ではないが、ご容赦いただきたい。

   ◇    ◇

 本田靖春(1933~2004)は、新聞記者からノンフィクション作家に転じたジャーナリストだ。(略)

 本田の批判の矛先は、弱者を踏みつけにする権力と、そこにすり寄る報道にも向けられる。権力と報道の関係を描く「不当逮捕」は戦後ノンフィクションの最高峰の一つと評される。

 その本田は、強者と向き合う自分の姿勢を「野糞(のぐそ)精神」と書き記している。

 「野糞は、それ自体、立ち上がることはできず、まして、相手に飛びかかって噛(か)みつくなぞは絶望的に不可能である」

 「でも、踏みつけられたら確実に、その相手に不快感を与えられる」

 せめてそれぐらいの存在になれ-と、本田は後輩たちに語っていた。それにしても強烈な例えである。(略)

 長期に及ぶ安倍晋三政権下でメディアの二極分化が進んでいる。一部のメディアは政権称賛を繰り返し、それが世論の一定の支持を得ている。何しろ記者会見で官房長官に食い下がる記者がネットで攻撃されるご時世なのである。

 渡瀬さんに「本田さんの『野糞精神』って、もう古いんでしょうか」と聞くと、「永田さんはどう思います?」と問い返された。

 私は本田の言葉を反芻(はんすう)する。古くない。こういう時代だからこそ、ますます重みを増している。講談社は来年から同社のノンフィクション賞に「本田靖春」の名を冠するそうだ。

 今の新聞は、当代の権力者にとって「野糞」の存在感を保っているか。12月4日は本田の命日だ。私は心の中で「野糞忌」と呼ぶ。本田は怒るだろうか。(論説副委員長)=2018/12/02付 西日本新聞朝刊=」

講談社ノンフィクション大賞では城戸久枝『あの戦争から遠く離れて』が印象的でした。中国残留孤児の父は特異な帰国をしていきます。「野糞忌」は執り行われたのでしょうか。


by kibouh1 | 2018-12-08 06:45 | 社会 | Comments(0)