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気ままなつぶやきです


by kibouh1

心病む兵士

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20181130日西日本新聞の戦争手記からです。戦後も入院を続けた人が最近までいたという記事を読んだような記憶があります。

「精神病む兵士 胸がつぶれる  64

20年近く前、当時高校生だった息子から手紙をもらった。学校の課外活動の一環だった。たった2枚の短い手紙。武骨な字で「生まれてよかった」と書いであった。 反対に「何のために生まれてきたのか、分からない」 と言う言葉がテレビから耳に入ってきた。戦時中に精神を患った兵士たちの「病床日誌」記録のドキュメンタリーだった。 和菓子職人だった青年は訓練で持ったこともない銃を渡され、恐怖心から神経を病んだ。終戦になっても、家族も引き取れない状況。以後60年も続いた隔離。今もなお病床日誌を研究している方がいる。彼の父親も戦争で神経障害を起こし、晩年まで苦しまれた。亡くなる前は戦争の記憶がよみがえり・・・。和菓子職人だった青年。お姉さんが彼を見舞った。その帰り「あの子は何のために生まれてきたのだろう」とつぶやいた。私の心が泣いた。」

「粗末な防空壕そばに焼夷弾  79

私の戦争の思い出は怖い、恐ろしい、ひもじいに尽きます。昭和208月の敗戦。私 は国民学校1年生でした。 終戦前は空襲が激しく、特に福岡・大牟田は軍需工場が集積していたため、何度も空襲を受げました。授業中でも、空襲警報のサイレンが鳴ると、授業は

即中止。上級生に連れられ、駆け足で一目散に自宅に飛んで帰り、防空壕に飛び込みました。防空壕といっても、映画とかで見る、あんな頑丈で立派なものではありません。形だけのお粗末なもので、焼夷弾の直撃を受ければひとたまりもあ りません。1度だけ、私たちが避難した防空壕のすぐ そばに焼夷弾が落ちたこと があります。怖くて生きた心地はしませんでした。幸い誰もけがをせず本当に良かったです。もう戦争だけはごめんこうむりたい。」


by kibouh1 | 2018-12-05 06:28 | 平和を | Comments(0)