気ままなつぶやきです


by kibouh1

徴兵の義務

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かつての帝国憲法以前も、憲法で定められてもそんなに「国民皆兵」は進まなかったという。

「『戦争をする心』をつくる

戦争する国家のなかで家制度が果たした二つ目の役割として、1973年(明治6)年に徴兵令が布かれて以降、特に国家総動員体制の中で、国民の「戦争をする心」の醸成に一役かったことを指摘すべきでしょう。

想像してみてください。だれも、兵士として戦争に好んで行く人はいません。それは明治時代でも同じ です。実際、徴兵令が出されてしばらくの間、徴集兵率はそんなに高くないのです。徴集兵率は、徴兵令が出されて2年後の1875(明治8)年で徴兵適格者のうちの約3%1890(明治23)年で約6%1897(明治30)でも約11%という数字です。また「日本長期統計総覧」の数字を見ても、日本の兵士の数は、明治後期から陸軍、海軍を合わせて30万人程度を維持しており、日中戦争の始まる1937年以降の大動員にいたるまでの間に急激な伸びは見られません。」(『右派はなぜ家族に介入したがるのか』)

ところが、日中戦争が始まると

「日中双方が、意地の張り合いのような形で、互いに相容れない要求を出し合ったことにより、盧溝橋事件に端を発した日中両軍間の武力衝突は、いよいよ本格的な地域紛争へと発展することになります。同朝刊一面には、もう一つ、現代の視点から見て興味深い記事がありました。 それは、東京と大阪の朝日新聞社が共同で出した、紙面全体の約四分の一を占める告知で、見出しは「非常時局に直面して軍用機献納運動」、つまり日本軍の戦争遂行に協力するために、朝日新聞社が会社として軍用機購入資金を寄付するのと共に、読者にも広く寄付を呼びかけるというものでした。「北支事変が勃発し、時局ますます緊迫するのにかんがみ、いよいよ空の守りを強化することの必要性を認め、かねて本社の提唱実行してきた航空報国運動をこの際飛躍的に拡大して、我が空軍の強化に国民的協力をなすため、ここに軍用機献納運動を提起することに決した。空の国防こそは国民の最大関心事であり、(中略)空軍器()材の充実に対しても出来うる限りの寄与をなし、われらが空軍をして鉄壁のご

とく東亜の空の守りを完全にするところは、烈々たる報国精神に燃ゆるわれら国民の責務である」(『1937年の日本人』)

 官民挙げての戦時ムード。愛国心を利用しての態勢が一挙につくり出されていったように感じます。いつ、そうなるか分からない社会の雰囲気を感じます。


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by kibouh1 | 2018-10-08 06:35 | 平和を | Comments(0)