気ままなつぶやきです


by kibouh1

「最後の敬礼」

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2018727日西日本新聞の戦争体験記事からです。

「最後の敬礼に 涙も拭かずに 89

特攻出撃を見送った日 鹿島灘から吹く風まだ肌寒き昭和203月末。第6航空軍所属の常陸陸軍教導飛行師団。飛行場の一隅で出陣式。白いマフラーの飛行服姿も凛々しき若鷲8人。 1年先輩15期生篠原伍長ほか18歳の面々。師団長加藤少将に出陣の申告。その名 も第61振武隊。 片道分の燃料と爆弾を積み、沖縄への特改作戦。動揺の色もなく、眉宇に固き,決意の表情。前夜宿舎を訪問、訣別の面会。みな真剣な面持ちで遺書の執筆中。 後輩の来訪を喜び「おう17期か、後は頼むぞ」と笑顔に握手。「食え」と特別給与のようかんを差し出す瞳は潤んでいた。見送る者すべてと滂沱と流れる涙を拭きもせず、万歳万歳の連呼口を真一文字に引き締め、最後の敬礼をする彼らを前にしたとき、私はこの世の神を見た。

それから1カ月後の4228日、薄暮どき、沖縄本島周辺洋上で敵艦に体当たり散華す。あ 悼むべし。戦禍に没せし軍民多数のみ霊よ。今はただ不戦の誓いも新たに、鎮魂と冥福を祈るのみ:合掌。」

「色が刻々変化ピンクの雲に 87

中学3年になると、熊本県荒尾市の陸軍造兵廠荒尾製造所(火薬製造)に勤労動員された。学生寮は市外の丘の上にあった。戦局は逼迫し、敵機B29の大編隊は必ず夜間に襲来。焼夷弾を雨霰と落とし、眼下の大牟田市(福岡県)は大火災となった。学生寮付近のカライモ畑にも落下し 油脂が飛び散り、燃え上が り、必死で消火した。 昭和2089日午前11 時ごろ、丘の上の天空が突然パッと光った。稲光で はあり得ないと思い、島原 方面を見ると雲が異様に盛り上がり、見る見るうちにキノコ形に変わった。色は刻々と鮮やかな、超きれいなピンク色に変わっていく。その鮮烈な印象はいまだに脳裏から消えない。当時は特殊爆弾、落下傘爆弾とうわざされていたが、この1発で長崎市街が一瞬にして灰じんに帰し、大多数の死傷者を出す地獄絵図を現出したことを、当時だれが想像できただろうか。」


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by kibouh1 | 2018-10-03 06:23 | 平和を | Comments(0)