人気ブログランキング |

気ままなつぶやきです


by kibouh1

「帽振れ」悲し


f0239450_10310033.jpg

2018914日西日本新聞の戦争体験記からです。

「沈みゆく乗艦「帽振れ」悲し 89

私は旧海軍の軍人でした。思い出はいろいろありますが、忘れ得ぬ一つに「帽振れ」があります。これは人、艦船や飛行機などを見送る時に軍帽を振ってサヨナラ、あるいは頑張れと伝える行為です。幾度か悲しい見送りをしましたが、一 番つらく悲しかったのは、 敵機との交戦で戦死者と共に沈みゆく乗艦を無言のまま「帽振れ」で見送った時ことです。 月明かりの洋上で敵雷撃機との激しい対空戦闘、敵 機第2波の攻撃で被弾し、艦橋を破壊され操艦不能になり、艦長以下戦死52人、艦首部の浸水多く徐々に沈んでいきます。今なお忘れ得ません。その後、航空隊勤務を命じられ、沖縄特攻作戦の軍務に従事しました。生還することなき特攻機の出撃。無言で帽振れの別れが幾度あったことか。思えば前途有望な若人たち。愛する妻子、家族、恋人を残し、戦に散華せし人々。戦争さえなかったらと。国のためとはいえ痛恨の思いが切実です。戦争は絶対の悪であると、生き残った軍人であったから断言できるのです。」

「友の命救った マラリアの薬   69

18歳で志願して軍属となったAさんは、南方航空の航空技術員として任務に就いた。軍属は民間だが、軍人と同等の扱いだった。敗戦後、武装解除する前に部隊の戦友らと徹底抗戦しようと、部隊を飛び出す決意 をした。決行の日、日本軍の倉庫に保管してあったキニーネの缶を失敬した。マラリアの特効薬であることと、先々きっと役に立つと直感したそうだ。 このキニーネがAさん自身、シンガポールでマラリ アに罹患した際に役立ち、命を救った。マレー半島を彷徨中にもマラリアに倒れる戦友たちにキニーネを与えて命を救った。Aさんは連合軍の捕虜となり、シンガポールから南ヘ60キロのレンパン島に抑留された。無人島生活は過酷・悲惨を極めたが、キニ一ネのおかげでマラリア罹患の戦友たちの命を救った。キニーネは今も資料館で「命」の重さを伝えている。」

「面会の帰りに米軍機が襲来 86

昭和204月、旧制中学1年生で軍事教練の毎日でした。春休みのある日、旧福岡陸軍連隊に入隊中の兄に両親と面会に行った。衛門で面会許可証をもらい、指定場所で兄と面会できた。兄は訓練が厳しいのか食料が少ないのか、入隊前よりやせて見えた。楽しい面会が終わり、連隊前の西鉄電停ヘ行くと突然、サイレンが3回鳴った。敵機襲来で、米軍ロッキ一ドとグラマンの攻撃が始まったのだ。急いで近くの屋根下ヘ飛び込んだ。幸い連隊の対空放射器が対応してくれたので敵機は転進した。帰路、福岡駅から小倉行きの列車に乗った。遅れて小倉駅に着いた。機関車に石炭を補給中、 石炭をたく灯に向けてまたもや敵戦闘機が攻撃してきた。敵機が駅のホームと列車の間に向けて攻撃してきたので、私たちは下車できず車内で椅子の下にもぐった。車外ではダン、ブスッ、という音が続いた。別に怖くはなかった。約20分で終わった。」


by kibouh1 | 2018-09-21 06:30 | 平和を | Comments(0)