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気ままなつぶやきです


by kibouh1

子どもは残酷なことも

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新聞の投稿欄からです。

「父母の命日は29124日  68

大好きだった母が逝って、はや10カ月になる。まだ「心の喪」が明けない。 思い出しては涙する。病院での最期の日。声は出なかったが、意識はあった。私の「大丈夫?」という問い掛けに、首を縦にしてうなずく。「きつくない?」には首を横に振り、しっかりしていた。その夜中、穏やかに101歳の天寿を全うした。立派な母であった。毎日2回、昼食と夕食時に病院ヘ行き、食事を見守りながら、たわいのない話をして笑い合った。喪中のはがきも書き終えた。父は私が5歳の時、脳出山血で突然、41歳の若さで逝った。命日は昭和29124日。母は平成29124日だった。 昭和と平成の元号が違うだけで「年月日」が同じというこの不思議さ。夜長、父母の巡り合わせをいろいろ考える。」(2017122日西日本新聞)

先人の苦闘を感じます。

「歩くまねされ幾度泣いたか  96

母は自分の責任で私を障害者にしたと思っていたのではないでしょうか。誕生の折、手術されたのです。長男で喜びの最中だったのですが、既に右足の障害者です。歩けるようになると、みんなからはやされ、幾度泣いて帰ったことでしょう。その時の母の心情を思うと、かわいそうで筆舌に尽くせません。慰めようがなく、今でもつらかったろうと思います。真面目で、無学だったが、辛抱強く、人に愛された母でした。私の歩くまねをして付いてこられるのは本当に悔しかったです。真面目さには人に負けない自信がありました。高等小学校を出て、博多ばさみ作りに入り、年季も無事終わって一人前の職人になりましたが、戦時中で無駄になりました。母の心中を思うと、今も胸が痛みます。お浄土のお母さん、私は96まで生かされ、お母さんの分まで楽しませていただいています。ご安心ください。」(同前)

博多ばさみは現在は職人が1人だという。それが増えるかもしれないというテレビを今年みました。親もまた苦労されたのではないかと思います。


by kibouh1 | 2017-12-11 06:31 | 障害者 | Comments(0)