気ままなつぶやきです


by kibouh1

病の受け止め方

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新聞の投稿欄からです。

「病に負けぬ孫前向きに応援 69

術後3日目、悲憤感を漂わせて病室に入ると、あに図らんや、小3の男の孫はベッドで笑って迎えてくれた。その顔を見るなり、涙がこぼれそうになった。 5月の連休中、娘からの電話。「ペルテス病」の診断が出たという。大腿骨の一部への血流が止まり、骨が壊死する病気。2万人に 1人が罹患に言葉を失う。 入院して手術、退院後も1 年半にわたる松葉づえ生活。小5に復帰予定という。途方もない話に不安が膨らむ。学校の送り迎えは? お風呂は?次から次ヘ心配の種が湧いてくる。 人一倍元気で、外遊びが 大好きな野球少年。痛みやショックで打ちひしがれて いるのではという不安を払拭するかのように、孫は 明るかった。 9歳なりに病を受け入れ、治療に専念しようとするけなげさに驚く。娘も「死ぬ病気じゃないから」とあっけらかん。後ろ向きの自分を反省する。こうなったら、前進あるのみ。ケセラセラ。」(201767日西日本新聞)

本人たちが前向きに受け入れていて凄いと思います。ですが、長期化しそうなので今後のことが気になるのは当然でしょう。一般的に慢性疾患などは患者・家族の生活に影響を与えると考えられます。ペルテス病というのは成長期なので回復力もありそうですが、心配ですね。

「「戦後」を考える空襲知らせた携帯サイレンも 戦時中の資料展、天神で9日開幕

戦後に発行された冊子「新しい憲法 明るい生活」には「もう戦争はしない」と書かれている

 取っ手を回すと、けたたましい音がよみがえった。ヴウウ、ヴウウ…。1945年6月19日、空襲に見舞われる福岡の街で鳴らされた携帯サイレン。そうした戦時中の資料約300点を展示する「第8回平和祈念資料展」が9日から、福岡市・天神の市赤煉瓦(れんが)文化館で開かれる。街を焼き払い「死者902人、行方不明者244人」(福岡市史)が犠牲になった、72年前のあの日を忘れないために。

 主催は、県退職教職員協会福岡支会。常時展示施設の開設を目指す傍ら、収集した資料を2010年から毎年、福岡大空襲があった「6月19日」の前後に展示している。ほとんどの資料は手で触れ、においも嗅ぐことができる。実行委員会の井形敏子事務局長(76)は「大勢の人の人生をゆがめた戦争に直接触れ、何か語りかけてくるものを感じてもらえれば」と話す。

 携帯サイレンは旧陸軍福岡連隊所属の所有者が福岡大空襲のときに走りながら鳴らした。現在の博多座(博多区下川端町)付近にあった、旧十五銀行福岡支店の地下室にたどり着くと、「おまえが逃げ込むとは何事だ」と言われて入れなかった。その後、地下室では63人が熱死した。

 防空頭巾、国民学校の成績表…。資料から感じられるのは、戦時中の人々の「暮らし」だ。空襲で、それが一変した人も大勢いただろう。今回は戦闘機や戦車を描いた着物を新たに公開する。生まれて間もない男の子に着せていたという。

 入場無料、11日まで。展示資料は平和学習などの目的であれば貸し出しもしている。

2017/06/09付 西日本新聞朝刊=」


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by kibouh1 | 2017-06-11 04:31 | 医療 | Comments(0)