気ままなつぶやきです


by kibouh1

差別語の背景には

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「原発国民負担「過去分」2.4兆円 福島第一処理費倍増21.5兆円」(東京新聞)。これだと電力会社は損をしないことになります。どうも理解できない。

こんなことがあったことを知りませんでした。

「今も増殖する差別語 私たちの意識は不変なのか

全国水平社創立の先駆け 「博毎事件」から

馬場周一郎

1916(大正5)6月、 福岡市内にあった博多毎日新聞社(現在の毎日新聞社とは無関係)が、市内の被差別部 落住民に対する差別記事を掲載した。これに怒った人たちが激しい抗議行動を起こし、多数が摘発された。その「博毎事件」から今年で100年。全国水平社創立の先駆けともなった事件の今日的意味を考える。

博多毎日新聞の記事は被差別部落の人たちが関わってきた職業を偏見に満ちた筆遣いで侮辱していた。住民は抗議 のために新聞社前に結集、やがてガラス窓を割ったり、活字台をひっくり返したりした。福岡日日新聞(西日本新聞の前身)は「福岡の大騒擾事件」と連日、大きく報道。検挙者は約350人、最終的に350人が有罪判決を受けた。

住民をこれほどの大規模な抗議に走らせ、行動をエスカレートさせたものは何だったのか。彼らは確かに「暴徒」だろう。しかし、その胸の奥底には日常的に繰り返される差別への抑えがたい怒りが煮えたぎっていた。 1871(明治4)年、い わゆる「解放令」が発布され、 それまでの身分制度は廃止された。だが、差別は絶えず、様々な場で直接間接に加えら

れる卑劣な言動に当事者は耐えるしかなかった。にもかかわらず、政府は事態を黙認、放置した。そもそも「差別それ自体が問題である」との人権感覚が当時の社会に全くといっていいほど存在していなかった。「変わるべきは被差別部落の方だ」との倒錯した論理や、「同情融和」と言われる上から目線の施策に限界を感じるようになった人たちは、自分たちの手による解放運動の旗揚げを目指す。博毎事件はこうした状況下に、全国水平社創立の先駆けを告げる出来事として起きた。高等小学校1年生で事件に 遭遇した井元麟之は「差別されようが、いじめられようが、 一寸の身体にも五分の魂があるぞ、その五分の魂を皆で爆発させたのです」と追想している。井元は事件をきっかけに解放運動に身を投じ、後に全国水平社書記局長として「解放の父」松本治一郎を支えることになる。(以下略)」(2016129日西日本新聞)

こうした事件の評価は様々ですが、この事件について詳しく調べられているのでしょうか。今、福島から避難した子どもがいじめられ、有名な女優が在日朝鮮人だと書き込まれたり、ヘイトスピーチが相変わらず続いています。差別の構造が強化されているように感じます。


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by kibouh1 | 2016-12-15 05:26 | 支え合う社会に | Comments(0)