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by kibouh1

カストロを論評できない

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カストロが亡くなった。私もカストロに詳しいわけではないが、マスコミの取り扱いの粗雑はどうだろう。アメリカの視点からの評価であり、単なる暴れん坊みたいな扱いだ。革命は、当時のアメリカのかいらい政権との闘いではなかったのか。そして、医療費と教育の無料化となどはほとんど伝えられない。これだけでも実現すれば若者に希望がある。総活躍などと言わないでも活躍するでしょう。そんなかでのコラムです。

「論説委員の目   カストロ氏は大きかった 20161204日西日本新聞

1995年、キューバの指導者フィデル・カストロ氏が来日し、首相官邸を訪れた。たまたま東京支社で官邸担当だった私は、他の記者とともにカストロ氏を待ち受けた。カストロ氏は記者たちが両脇に並ぶ官邸の階段を軽い足取りで駆け上ってきた。

 「お、大きい…」。これが私の抱いた単純な印象だった。比喩的な意味ではなく、実際に相当な長身なのだ。後で調べてみたが、190センチ以上あるらしい。背広姿なのも意外だった。よく考えれば背広で当たり前だが、既にカストロ氏は「歴史上の人物」であり、軍服で演説するイメージが刷り込まれていたのだ。

 その後、私はキューバに行き、カストロ氏がチェ・ゲバラら同志と乗り込みキューバに向かった船を見た。有名なグランマ号だ。今度はその小ささに驚いた。こんなちっぽけな船から始めた反乱が、世界を揺るがすキューバ革命に発展したとは。カストロ氏の指導力の卓越性を感じた。

 そのカストロ氏が亡くなった。社会主義の理想を奉じた彼は「完全に平等な社会」の実現を目指し、医療と教育を無料化した。自分の銅像の建立を許さず、指導層が私腹を肥やすこともなかった。一方で、反体制派は厳しく弾圧され、国民はソ連崩壊後の経済難に苦しんだ。その統治には功罪の両面があった。

 カストロ氏自身も「罪」について自覚していたようだ。フランス大衆誌のインタビューで語っている。「私は地獄に落ちるだろう」。しかし彼はこう続けるのだ。「地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦しみに比べれば、何でもない」

 カストロ氏の名言は数々あるが、これが一番すごい。

 おい、甘っちょろい自称理想主義者、そしてしたり顔の現実主義者たちよ。君たちは分かってるのかね、「理想を持つ」ということが一体どんなものかを-。

 ひげ面のカストロ氏が、葉巻を振り回しながらこう語り掛けてくるような気がする。やはり並の人物ではなかったのだと思う。」


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by kibouh1 | 2016-12-07 08:23 | 政治・行政 | Comments(0)