気ままなつぶやきです


by kibouh1

呪文のように唱えよう

f0239450_09360036.jpg

26日の「報道特集」は改憲の運動を繰り広げる「日本会議」をとりあげていました。女性キャスターがなにか言っていますが、耳に入りません。理由は、キャスターの名前が出てこないのです。なんたることか。しばらくして落ち着いて見たのですが、ついに出てきませんでした。翌朝、気になってネットで調べようとしたら、ポロッと出てきました。余計な時間がかかるのは、老いのせいでしよう。

 今年の夏、こんな記事がありました。

「慰霊の地改憲に賛否

9条こそ平和国家

中国念頭「改正し強国に」

終戦から71年を迎えた15日、東京の靖国神社や千鳥ケ淵戦没者墓苑にたくさんの人が訪れた。集団的自衛権行使を容認する安全保障関連法が施行され、憲法改正に賛成する勢力が国会議席の3分の2を占めた今年の「815」。戦没者の霊を慰め、平和の祈りをささげた人たちは、不戦を誓ったこの国の変化の兆しに何を思ったか。

東京都千代田区の靖国神社。正午前、参道には参拝を待つ人が10M近い列をつくっていた。雲間から時折り強い日差しが照りつける。軍服姿の男性は大粒の汗をしたたらせた。境内で開かれた「戦没者追悼中央国民集会」(日本会議など主催)には1600人以上が参加した。改憲勢力が衆参両院で憲法改正発議に必要な議席を得たことを踏まえ、「国民の意識が確実に変化している。憲法改正の早期実現に取り組む」と決議した。台湾から引き揚げた男性 (86)=東京都江戸川区=も、 改憲に賛成の立場。「今の自衛隊で独立国として日本を守れるか不安だ。9条を改正して強い国にならないといけない」。念頭にあるのは南シナ海などで海洋進出を強める中国だ。

靖国神社に近い日本武道一館では「全国戦没者追悼式」に約6千人が参列した。フィリピシで戦死した父親の遺影を胸に抱いた鮎川正興さん(73)=佐賀市=は「あんなばかな戦争は二度と繰り返ししたらいかん」と語気 を強めた。(略)

靖国神社から歩いて約15分の千鳥ケ淵戦没者墓苑。身元が分からない遺骨35万柱以上が納められている。せみ時雨の中、東京都小平市の女性(80〉は正午の時報と同時にこうべを垂れ、手を合わせた。ニューギニア島で戦死した父親の遺骨は戻らなかった。骨つぼに入っていたのは名前が書かれた板切れだけだった。女性は、安倍晋三首相の憲法改正に前のめりな姿勢に不安を募らせる。「今の憲法があったから、落ち着いて過ごすととができた。

憲法を変えれば、またあの苦しい時代に逆戻りするんじゃないか」(2016816日西日本新聞)

新聞の戦争体験記からです。

「哀調の反戦歌 つらさ伝わる   61

「可愛いスーちゃん」という軍歌があります。士気を鼓舞する、威勢のよさはありませんが、今まで歌い継がれてきたのは、その歌詞に共感する人が多いからでしょう。国のためとは言いながら人の嫌がる軍隊に志願で出てくるバカもいる・・・。私の父は陸軍工科学校、叔父は陸軍士官学校をそれぞれ卒業した職業軍人。叔父は中国大陸の戦地に赴いて、わずか2カ月で戦死。 父は戦後、シベリアに抑留され、昭和22年に京都・舞 鶴港に復員しました。この2人は志願して軍人になったのですが、本当にばかだったのでしょうか。

愛国少年として純粋に祖国や家族を守ろうと青春の全てをささげたと、私は信じています。当時2人が残した遺書からも、それは痛いほど伝わってきます。しかし、2番、3番と歌詞を聴いていると、赤紙一枚で召集された人たちのつらい気持ちも、にじんでいます。どこか哀調を帯びた曲は、やはり強烈な「反戦歌」なのですね。父は8年に及ぶ軍隊生活を、ほとんど語ることなく他界しました。いろいろ思いをはせながら、時折、私はこの曲を聴きます。」(2016819日西日本新聞)


[PR]
by kibouh1 | 2016-12-01 08:34 | 平和を | Comments(0)