気ままなつぶやきです


by kibouh1

暴力は嫌いだ

f0239450_11234159.jpg

新聞コラムです。

「オピニオン > デスク日記

 6月から本紙筑後版に「軍国少年日記」を毎日掲載している。福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(83)が、終戦の年に書いていた日記だ。当時、中学明善校の2年生。中間考査で「英語はできたが、漢文はまるでだめ」という記述があるかと思うと「9時ごろ、警戒警報発令」「動員学徒の腕章をもらった」など、所々で戦争が顔を出す。

 読んでいて引き込まれるのは、何げない「日常」の中に戦争という「非日常」が潜んでいるからだ。戦争というと遠い昔の話、あるいは遠い世界の特別な話だと思ってしまうが、そうではないと実感できる。70年前と同じ日付で毎日掲載することにしたのは、戦時中を「追体験」できる史料だと判断したからだ。

 久留米総局のフェイスブック「筑後マガジン」にも掲載しており、多い日は2500人に読まれている。運命はこれから空襲、敗戦、占領へ。14歳の価値観が大きく揺さぶられていく。 (加茂川雅仁)=2015/06/12 西日本新聞朝刊=」

テレビで、戦前の名投手・沢村さんのことをとりあげていました。今は、沢村賞として知られていますが、剛速球投手だったと言われています。だが、戦地で手榴弾を投げ続け肩を壊し、復帰したシーズンでは勝利投手にならなかったという。そして戦死します。

「暴力を止めた ある先生の歌 85

私たち旧制中学生は2年の後期には既に軍用機の製造工場に動員。夏はジュラルミンくずに汗まみれ、冬は電気ドリルを持つ手を凍らせて国のためにと一生懸命、勤めた。学年ごとに動員される工場が違うので、全員が集合するのは月に1回ほど。雨天体操場に集合させられたが、みんなで再会を喜ぶ雰囲気ではない。名前を呼ばれた者は前に出ると「おまえは何日、どこそこで何をしたか」と先生から怒られ、殴られるからだ。

その日も、先生が次々に殴っていた。そのとき、突然「私が歌を歌います」と、私が初めて見る若い先生が前に出られて、恐らくシューベルトかベートーベンの歌曲を伴奏もなく、朗々と歌いだされた。古老の先生たちもあぜん。一番喜んだのは殴っていた先生たち。いつまでも拍手して「本日は散会」となった。軍歌か唱歌しか知らない生徒たちも、膝小僧に顔を埋めて涙を隠している者がいれば、食い入るように聴いている者もいた。葛西先生の授業は一度も受けたことはないが、あのときの先生を忘れることはない。」(2015522日西日本新聞)


[PR]
by kibouh1 | 2015-06-16 05:22 | 平和を | Comments(0)