気ままなつぶやきです


by kibouh1

お知らせ


お知らせの次からが投稿です
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# by kibouh1 | 2018-12-31 09:17 | Comments(0)

スマホの壁

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新聞の投稿欄からです。

「(声)私の終活に思わぬITの壁 73歳 2018108日朝日新聞

 そろそろ終活だと準備を始め、エンディングノートも毎年書き改めている。尊厳死を希望することや葬儀の方法、年金・銀行口座の手続き、相続などについてだが、一つだけ書き終えることのできない項目がある。

 10年以上前から使っているインターネットの停止手続きだ。私が先に死んだ場合、妻が手続きすることになるが、妻はパソコンができない。業者に往復はがきで問い合わせると、担当者から電話がかかってきた。

 停止手続きは所定の申請フォームにパソコンで記入し、私の死亡届など住所、氏名、生年月日が確認できる書類を画像ファイルにして送信しなければ受け付けないとのこと。私でさえできないことを要求している。

 パソコンが全くできない人だけが後に残された場合は、必要書類を郵送すればよしとすれば済むことではないのか。そう尋ねても、文書による停止手続きは受け付けていないという。社の規定だからの一点張りだ。

 死後も利用料を徴収するために、そうした決まりにしているのではないかとも思える。団塊世代で困る人は多いはずだ。消費者庁はこうした点の指導も行っていただきたい。」

私の家族の場合、スマホを持っているのは東京にいる息子だけ。ところがキャッシュレス化の進行で悩んでいます。年寄りの生活に電話機能があれば十分です。ケイタイ機能だけの生活。ですが買い物ができなくならないかと心配です。


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# by kibouh1 | 2018-10-18 07:51 | 高齢者 | Comments(0)

福岡市の再開発は

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新聞の投稿欄からです。

「車いす向けの 乗降場設置を  53

福岡市が進める都市させていただきます。都市開発事業「天神ビッグバン」の中核として、福岡ビル、天神コア、天神ビブレを1棟の複合ビルに建て替える計画概要が発表された。天神地区が福岡のみならず、アジアや九州の拠点都市として、さらに魅力ある街になっていくことだろう。そこで提案。障害児者が車で訪れやすいように、車いす用の乗降スペースを

どこかに設けてはいかがだろうか。障害者マークを車につけていれば、乗降は一般道路でも可能なはずだが、実際に天神付近の道路で行うことは至難の業である。

雨にぬれずに乗降できる場所があれば、街ヘ出てみようという気持ちにつながるのではないだろうか。せっかく建て替えるのなら、計画の中に「思いやりの心」も盛り込んでいただ

きたい。みんなに優しい福岡であつでほしい。」(2018825日西日本新聞)

特区適用で大規模な開発になりそうです。10年後は大きく変貌していると思います。天神だけでなく、旧大名小学校界隈も変わりそうです。福岡市の条例だけで車いすの乗降設備は義務化されると思いますが、お年寄りが増える時代です。街角にベンチなど休憩場所も増えて欲しい。


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# by kibouh1 | 2018-10-17 06:53 | 支え合う社会に | Comments(0)

検証を

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「コラム デスク日記

一体、何をしていたのだろう。大阪府警富田林署から逃走し、48日ぶりに身柄が確保された樋田淳也容疑者について、だ。中四国地方で自転車旅行者を装って観光名所を巡り、素顔で写真撮影に応じたことは分かってきたが、大阪からの経路は不明という。

 全国指名手配中とは思えない「極めて自然な振る舞い」(福岡県警幹部)が長期逃走を可能にしたのだろうか。ただ、“逃走劇”の責任は警察の側にある。逃げ出した署の面会室に不備があり、職務質問しながら自転車の防犯登録照会を怠った。逃走前後の顔写真を公開したのも「人相が一変したので見逃しても仕方がない」との思いが透ける。

 逃走前、容疑者は強制性交や強盗致傷の疑いで繰り返し逮捕されていた。被害に遭った女性はもちろん、どこに現れるか分からない容疑者に市民が抱いた恐怖はいかばかりだったか。治安を守るべき警察は、一体、何をしていたのだろう。(長田周三)=2018/10/10付 西日本新聞朝刊=」

面会室の構造、人の配置、逃亡範囲の想定など・・・。きちんと検証し、報告してもらいたい。


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# by kibouh1 | 2018-10-16 06:29 | 社会 | Comments(0)

見逃してきたもの

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「ニュース川柳」(2018824日西日本新聞)に

「・北朝鮮と言えばすぐ出る防衛費」というのがありました。陸上型のイージスは莫大な予算ですし、アメリカからの要求に黙って従う政府。年末になれば社会保障の切り捨てが大問題にされるが、社会保障費を悪者にするのも毎年のこと。

今年の悪者に女性というだけで・・・。

「コラム 気流

高校3年で受験生の長女は夏休みも 忙しそう。日濯日も補習があると学校ヘ。大学入試センター試験まで5カ月を切り、表情も引き締まってきた気がする久しぶりに顔を合わせたので、東京医科大で発覚した不正入試を話題に。女性だから、3浪以上だから、などの理由で長年、合否に直結する点数を操作していたとは言語道断。なのに娘は意外に冷静で拍子抜け。社会に出たことがないので女性差別を実感できないのでは。そう思い念押しすると「冷静に怒っている」と返ってきた大学付属病院の医師確保が不正の背景にあるとされる。妊娠、出産、育児などで休職や離職が多い女性より、男性の医師の方が都合がいいと。妊娠、出産は女性しかできないが、それ以外に差はないはずなのに。男の方が働かせやすいとの考えはあちこちに残っている気がする。」(同前)

女性差別・旧優生保護法による不妊治療。見逃してきた問題でもあります。


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# by kibouh1 | 2018-10-15 06:45 | 支え合う社会に | Comments(0)

沖縄の民意無視

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10日の新聞は翁長前知事の県民葬の様子を伝えています。政権も寄り添うと言います。どこが寄りそうなのか。

「翁長知事 突然の死悼む63

沖縄慰霊の日、翁長雄志の激やせぶりを見て心配しましたが、こんなに早く別れが来るとは夢想だにしませんでした。もともと、自民党沖縄県連幹事長を務めるなど、保守陣営のエースがあそこまで政府のやり方に反対したのは、保革の立場を乗り越えて真に県民のことを考えた上での信念だったのでしょう。20年以上前に沖縄を訪問した際、タクシードライバ ーは「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という電文を残して自決した海軍の大田実司令官を「大田さん」と呼んでいましたが、陸軍の司令官は呼び捨てにしていました。これが50年たっても変わらぬ県民感情だと感じました。私には大田司令官と軍中枢部の関係が、翁長知事と安倍政権の闘係とダブって見えます。安倍さんはアメリカ追従一辺倒ではなく、もう少し県民の心に寄り添ってみませんか。沖縄県民も大切な国民ですよ。翁長知事のみ霊の安らかならんことを。」(2018818日西日本新聞)

沖縄は日本の一部ではないのかと問いたい。


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# by kibouh1 | 2018-10-14 06:21 | 沖縄 | Comments(0)

スポーツは

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「加藤登紀子のひらり一言 2018107日朝日新聞

 ■Reライフ 人生充実

 スポーツは勝ち負けを楽しむゲームであることを忘れずに。

     ◇

 勝負が絶対視される世界では必ずハラスメントが横行する。運動の部活も頑張りすぎると、何でも勝敗で考える癖がつく。危ないよ。」

本多雄一選手は同郷。大隣憲司投手は国指定の難病から復帰し、患者などを励ましてきた人という印象です。でも、トラブルが多かったスポーツ社会に加藤さんの指摘はすごい。プロアマの違いはあっても。

「コラム 春秋

 本多雄一選手と大隣憲司投手は33歳、杉内俊哉投手は37歳。今季での現役引退を決めた選手たちの年齢に目が向く。いずれもプロ野球、福岡ソフトバンクホークスで一時代を築いたプレーヤー。「お疲れさま」と掛ける言葉にも感慨がこもってしまう

▼一般の社会であれば、「バリバリの」という形容詞が全身からみなぎるような年代。活躍がさらに期待される働き盛りの現役世代である。翻れば実力勝負、プロの世界の峻厳(しゅんげん)さを映し出す

▼どすこい、まだまだ血気盛んな35歳もいる。大相撲の豊ノ島関だ。いつの間にか姿を見なくなり、失礼ながらもう引退したのかと思っていた。9月場所の番付は幕下の筆頭。勝ち越して13場所ぶりの十両復帰を決めた。35歳4カ月での返り咲きは戦後6番目の年長記録という

▼かつては関脇を務めた実力者。悲劇は2016年7月に起きた。場所前の稽古でアキレス腱(けん)を断裂。2場所連続で全休し、歩行訓練からの復活劇だった

▼最近は「負け越したら引退」と、自らに重圧をかけて土俵に上がり続けたそうだ。それでも折れそうになる気持ち。体力の衰えも感じたことだろう。不安を家族が支えた。「次に泣くのは関取に復帰したとき」。先の千秋楽、家族で流したのは今度はうれし涙だったと報じられていた

▼このところ、土俵外でばかり盛り上がる角界。来月の九州場所はバリバリのおやじ力士の奮闘にも期待したい。=2018/10/08付 西日本新聞朝刊=」


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# by kibouh1 | 2018-10-13 06:53 | 支え合う社会に | Comments(0)

シベリアの空

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2018814日西日本新聞の戦争体験記からです。

「美しく悲しい シベリアの空 93

11月末。今夜もまた、あの美しくて悲しいオーロラの空。遠く離れたシベリアの奥地での生活。氷点下30 度はある。毎夜、父母の顔が目に浮かぶ。当時は20歳。人口3千人ほどの小さな鉱山の町で124時間3交代の作業。8時間休みはなく、食事もない。3交代の夜は9時からの出発で、収容所に並び人員点呼するが、 氷点下3040度の冬の整列には参った。 点呼が終わると歩いて50分ほどで鉱山の入り口に着く。鉱山の中は比較的暖か いが、それでも氷点下10度はあるだろう。作業は横堀と立堀で一日のノルマは2メートルの穴を12本掘ること。削岩機は重く、栄養不足のわれわれにはきつい。「グワイ、グワイ」(ロシア語で頑張れ、頑張れ)と尻をたたかれる。8時間の作業を終え頭から足まで鉱山の灰だらけだ。風呂なんてなく、そのまま手ではたいて収容所に帰る。

やっと食事だ。130グラムの黒パン、飯ごうのふたに少々のコーリャンと冷凍ニシン、ペシンはペーチカに乗せると、溶けて骨だけになる。飯ごうに水を入れて吹くとニシンのスープだ。終戦時57キロあった体重がみるみる軽くなる。土の中の建物柱には無数の小さな 穴がある。疲れた体を横たえると南京虫の総攻撃だ。血を吸われたところが赤く腫れあがり、かゆくてたまらない。 日本に帰った時は体重が37キロになっていた。今の政治家も一度は飛行機ではなく、シベリア鉄道で花束を持ってモスクワに行ったらどうだ。シベリア鉄道の枕木の数ほど、亡くなった日本人がいる。」

「父戦死の悲報 泣き叫ぶ家族  84

兵隊さんへの慰問文を書いていた目、運動場では何かの訓練をしていました。兵隊さんが1人いて指揮を執っていたようです。私の父も大きな馬を引き、訓練に参加していました。訓練から何日もたたない夜、父に召集令状が届きました。出征までの短い日々に、馬手放すことや家のことなど整理もあったでしょう。大変だったと思います。出征する日はすぐに来ました。その日は朝から雷の鳴る中、提灯と傘を手にお宮に参り、午前中に近くの駅から出征しました。母は大きなおなかをして父を見送りました。家族が父の顔を見たのはこの日が最後でした。父は入隊するとすぐに戦地ヘ送られました。

あっという間で面会に一度も行くことはありませんでした。 戦争は激しくなり、空襲 警報が鳴り、焼夷弾が落ち防空壕に逃げ込む日もありましたが、昭和208月、 やっと戦争は終わりまし た。戦地からの引き揚げも始まりました。私たちも今日か明日かと、父の帰りを待ちましたが、とうとう帰りません。届いたのは戦死の公報です。悲報を聞いた祖母は狂ったように泣き叫び、近所の方が何事が起きましたか?と心配して来てくださるほどでした。 戦病死だった父もどれほどつらい思いをしたことで しょう。両親を残し妻と3 人の娘、出征時に会えなかった息子を残し、自分も病に苦しんで逝ったことを思うと今も胸が痛みます。実家には38歳の父と、100歳の母の遺影が並んでいます。」


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# by kibouh1 | 2018-10-12 06:24 | 平和を | Comments(0)

「白昼堂々」

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「白昼堂々」のことも、福岡市出身の女優・生田悦子さんが亡くなったことも知りませんでした。

「コラム 風車 「万引き家族」と「白昼堂々」

福岡市総合図書館の映像ホール・シネラで、7月の企画催事・ 渥美清特集から映画「白昼堂々」(野村芳太郎監督)を見た。お目当ては主演の渥美清ではなく、作品のストーリーにある。映画が公開されたのは50年前の1 968年秋だが、その前に原作になる結城昌治の同名小説が週刊誌に連載された。炭鉱の閉山で職を失い、朽ちかけた長屋に取り残された人たちが万引プロ集団となって暴れまわる内容だ。この記憶が話題の映画「万引き家族」(是枝裕監督)につながり、引き比べてみようと出かけたわけ。

「白昼堂々」も「万引き家族|も社会の片隅に吹き寄せられた人びとが、常識的な倫理観に

囚われず肩を寄せ合い知恵と力を尽くしていく姿を描く。根底にあるのは、人と人をつなぐしなやかな強さとそれでも超えられぬ深い哀しみ。「万引き家族」パルムドール受賞前後の是枝監督の談話を拾ってみたが「白昼堂々」を先行作品として意識したという発言はなかった。たが 幼いころから映画大好きの母親に連れられて観て回ったという是枝少作が「白昼堂々」や同系列の「どですかでん」(黒澤明監督、70年公開)などに出合っていたかもしれない(略)

「白昼堂々」で懐かしくも胸が痛んだのは福岡市出身の女優・生田悦子の20歳ころのはつらつとした演技だった。この715日に急逝したすぐあとの観覧で、彼女が伝説的な博多にわか師・生田徳兵衛の孫娘だと思い出しながら、ページも黄ばんだ文庫版「白昼堂々」を図書館で借りてり読み返した。(竹若丸)」( 201887日西日本新聞)

「万引き家族」は観てみたいものです。


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# by kibouh1 | 2018-10-11 06:54 | 社会 | Comments(0)

差別にどう対応する

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新聞の投稿欄からです。

「(声)若い世代 障がい者と世間、これでいいの 13歳 2018105日朝日新聞

 「率先して障がい者雇用を進めるべき政党で、法的義務を満たすことができていないのは誠に申し訳ない」。インターネットのニュース記事で、ある政党の政治家はこう言っていた。

 確かに間違いではないが、障がい者雇用というものは「法的義務」であるだけで、それ以上は何も無いのだろうか。

 私には障がいのある兄がいるため、小さい頃から障がい者福祉のことに対してはよく考えてきた。そこで最近、この報道を見かけ、彼らのことを国は何だと思っているのだろう、と疑問を抱いた。

 また、インターネット上では、若者の間で「ガイジ」という心無い言葉が当たり前のように使われている。障がい者を一概に貶(けな)し、彼らを認めるということをしようとはしない。 こんな世の中を許していいのだろうか?」

障害者雇用率についての最近の動きに、社会の「仕方がないよ」という空気はないだろうか。そのことがとても気になります。


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# by kibouh1 | 2018-10-10 06:45 | 支え合う社会に | Comments(0)

沖縄の民意

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新聞の投稿欄からです。

「(声)沖縄の民意と真摯に向き合って 42歳 2018102日朝日新聞

 今回の沖縄県知事選で、翁長雄志氏の遺志を受け継ぐ候補の当選は難しいかもしれないと、私は思っていました。命懸けで闘う翁長氏に敬意を抱いていましたが、強硬に工事が推し進められた経緯から、米軍普天間飛行場の辺野古移設阻止はもうかなわないという諦めの雰囲気もあるのではと考えたからです。

 移設に反対の立場を明確にした玉城デニー氏の当選は、基地移設に「NO」を訴える県民の思いの強さが根底にあると考えます。県民による移設反対の声に、政府は言葉だけではない真摯(しんし)さや誠実さをもって、対応をしてほしいと思います。

 先の大戦で沖縄県は地上戦を経験し、大きな犠牲がありました。本土復帰も遅くなってしまい、県の基地負担は本土と比較すると明らかに不公平です。基地が移設されれば、その不公平な状態が、今後何十年も続いてしまうかもしれません。

 辺野古移設は検討された結果の選択であり、既に進んでしまっている移設計画を今から覆すことは難しいかもしれません。しかし、日本の安全を守ることと、一自治体の民意を尊重することは、ともに大切なことだと私は考えます。」

着工前に県民の意思を聞いたのか、知事の承認を得たということか。それではこれまでの選挙で示された民意を尊重しなかった責任はどうなるのだろう。


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# by kibouh1 | 2018-10-09 07:36 | 沖縄 | Comments(0)

徴兵の義務

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かつての帝国憲法以前も、憲法で定められてもそんなに「国民皆兵」は進まなかったという。

「『戦争をする心』をつくる

戦争する国家のなかで家制度が果たした二つ目の役割として、1973年(明治6)年に徴兵令が布かれて以降、特に国家総動員体制の中で、国民の「戦争をする心」の醸成に一役かったことを指摘すべきでしょう。

想像してみてください。だれも、兵士として戦争に好んで行く人はいません。それは明治時代でも同じ です。実際、徴兵令が出されてしばらくの間、徴集兵率はそんなに高くないのです。徴集兵率は、徴兵令が出されて2年後の1875(明治8)年で徴兵適格者のうちの約3%1890(明治23)年で約6%1897(明治30)でも約11%という数字です。また「日本長期統計総覧」の数字を見ても、日本の兵士の数は、明治後期から陸軍、海軍を合わせて30万人程度を維持しており、日中戦争の始まる1937年以降の大動員にいたるまでの間に急激な伸びは見られません。」(『右派はなぜ家族に介入したがるのか』)

ところが、日中戦争が始まると

「日中双方が、意地の張り合いのような形で、互いに相容れない要求を出し合ったことにより、盧溝橋事件に端を発した日中両軍間の武力衝突は、いよいよ本格的な地域紛争へと発展することになります。同朝刊一面には、もう一つ、現代の視点から見て興味深い記事がありました。 それは、東京と大阪の朝日新聞社が共同で出した、紙面全体の約四分の一を占める告知で、見出しは「非常時局に直面して軍用機献納運動」、つまり日本軍の戦争遂行に協力するために、朝日新聞社が会社として軍用機購入資金を寄付するのと共に、読者にも広く寄付を呼びかけるというものでした。「北支事変が勃発し、時局ますます緊迫するのにかんがみ、いよいよ空の守りを強化することの必要性を認め、かねて本社の提唱実行してきた航空報国運動をこの際飛躍的に拡大して、我が空軍の強化に国民的協力をなすため、ここに軍用機献納運動を提起することに決した。空の国防こそは国民の最大関心事であり、(中略)空軍器()材の充実に対しても出来うる限りの寄与をなし、われらが空軍をして鉄壁のご

とく東亜の空の守りを完全にするところは、烈々たる報国精神に燃ゆるわれら国民の責務である」(『1937年の日本人』)

 官民挙げての戦時ムード。愛国心を利用しての態勢が一挙につくり出されていったように感じます。いつ、そうなるか分からない社会の雰囲気を感じます。


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# by kibouh1 | 2018-10-08 06:35 | 平和を | Comments(0)

言葉は難しい

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今もって本人からの説明がないのだが・・・。

「自民・杉田氏「LGBT生産性ない」

「次に排除私かも」「差別あおる論調」

批判抗議広がる

性的少数者(LGBT)への行政支援を「生産性がない」と疑問視した自民党杉田水脈衆院議員の月刊誌への寄稿が波紋を広げている。「次に排除されるのは『私』かも」「差別をあおる論調」。作家乙武洋匡さんや経済評論家勝間和代さんら著名人がインターネット上で相次いで違和感を表明。当事者らも27日、各地の自民党施設前で抗議の声を上げた。杉田氏の事務所は「報道対応の予定はない」としている。(以下略)」(2018728日西日本新聞)

どこかで声明してもらいたい。

新聞の投稿欄からです。

「身を切る覚悟 どこに行った  70

参院の議員定数が6増えた。私は国会議員の数は諸外国と比べても決して多いとは思わない。逆にこれ以上減らせば人口が少ない地方の声はますます国会に届かなくなると思っている。それでも、今回の定数増は国民の理解を得るのは難しいのではないか。マスコミの世論調査でも、過半数 が定数増に反対している。国会での議論も自民党の強行がクローズアップされ、党利党略という報道が相次いでいた。野党は過去の投票結果でシミュレーションすると6議席のうち4議席を獲得するという。反対を主張していたが、徹底抗戦の意欲を欠いたパフォーマンスに見えた。 付帯決議で、定数増に伴う経費削減がうたわれてい るが、目に見える削減は議員歳費の減額だろう。例えば月額129万円から5万円を減額しただけで経費的には9人の定数減に相当し、6人増でも3人は減った計算となる。来年の消費税増税など国民に負担を強いるなら、国会議員も身を切る覚悟が必要ではないか。」(同前)

身を切る覚悟と言ったのかどうか記憶にないのでつけこまれたか


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# by kibouh1 | 2018-10-07 07:28 | 支え合う社会に | Comments(0)

「TAG」

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「TAG」という造語は・・・。

「コラム 春秋

 「鬼ごっこ」に例えるなら、鬼はトランプ米大統領で、何とかその手から逃れようとしたのが安倍晋三首相だった、ということか。ニューヨークでの日米貿易協議は、意味深長な言葉で決着した

▼「TAG」。物品貿易協定(Trade Agreement on Goods)の略称で、日本側が作り出した新語。日米はこの協定締結への交渉を開始し、当面米側は自動車への追加関税は発動しないという

▼関税の引き下げや撤廃などを目指すが、自由貿易協定(FTA)とは違って投資やサービス分野のルールまでは含まない。従って米のFTA要求をうまくかわした-というのが日本側の理屈らしい

▼英語でタグ(tag)と言えば、名前や値段などを記した「札」を連想する人が多かろう。実はこの単語、冒頭の「鬼ごっこ」という意味もある。加えて動詞で使う場合は「タッチする」「捕まえる」という意もあるから気掛かりである

▼米側からみれば、FTAに向けて「日本を捕捉し、2国間交渉に巻き込んだ」という構図ではないか。相手はトランプ氏。この先、別のカードで揺さぶりをかけてくる可能性もある

自由貿易の旗頭だった米国が自国第一に転じ、代わって中国がグローバリズムを唱える。そんな世界情勢下で「対米追従」からどう脱却するか。安倍外交も悩ましかろう。ちなみにtagには「ぴったり付いていく」という意味もある。=2018/09/29付 西日本新聞朝刊=」

ぴったりついていくか。何か災難の香りがするが。


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# by kibouh1 | 2018-10-06 06:07 | 経済 | Comments(0)

語り継ぐ

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朝ドラが10月から「まんぷく」に変わりました。主人公は電話交換手として働きだします。

私が就職した1962年頃は電話交換機室があり、そこを経由してデスクの内線電話につなぐという仕組みでした。それが内線電話が外線に直接つながったのはいつのことか記憶がありません。

2018727日西日本新聞の投稿欄からです。

「魚雷の爆発音 船団は火の海  96

昭和18年の終わりころ、暁部隊で輸送船に乗っていた。日本から軍需物資を積み、帰りは南方から油を積んだ船と船団を組むことになった。3隻ずつ組んで中心にタンカーを置き、9隻船団で帰った。いつもバシー海峡では何かが起きる。その時「ドドドーン」と魚雷の爆発音がした。緊張の糸が切れてあぜんとする中に船団は火の海となった。タンカー火災は手の打ちようがない。船員こそあ}われである。その後の航海で、そのタンカーに乗っていたという船員が私たちの船で一緒になったことがあった。死にもの狂いで泳ぎ、振り向くと火が近くまで燃えていた ので、また潜って泳いだと 話していた。そんなことが できるのは船だからだろう。」

「米穀は統制化 目光らす警官  90

積戦時中の食糧不足はひどく、統制化されて各家庭にも米穀通帳による購入が日常となった。1日分を1回で食べても満腹になることのない量ではなかったかと思う。ひどかったのは昭和19年ごろになるとコーリャンなどの配給も加わり、いま思い出してもよく食べら れたなという感じだ。 そんな日々だから闇米も 流通する。主なバス停では私服の警官が張り込み、下車する客の持ち物を調べて米だったら没収し始末書を書かせていた。

ある日実家(農家)に行っていた父が、おひつを抱えて帰ってきた。聞けば米は取り締まりで没収の恐れがあるため、ご飯なら大丈夫といって母親が持たせてくれたという。その夜、家

族そろっていただいた。こんなにおいしいご飯を食べたのは久しぶりで、皆の顔も輝いていた。」


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# by kibouh1 | 2018-10-05 06:42 | 平和を | Comments(0)

もんじゅのツケは

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「もんじゅ廃炉増す不安

準備で不具合開始延期

取扱困難 ナトリウム処分めど立たず

1兆円超の国費が投じられながら研究開発が失敗に終わった高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)では、今夏から廃炉の第一関門となる核燃料の取り出し作業が 始まる。当初は今月中に作業を始める予定だったが、 準備段階で機器の不具合が相次いだため、文部科学省は作業開始を8月に延期した。具体的な日程は決まっておらず、原子炉の冷却材に取り扱いが困難なナトリウムが使われているなど、廃炉完了にはいばらの道が待ち受ける。

「当たり前の作業を普通にできない組織だ」もんじゅの運営主体で、相次ぐ不祥事やトラブルに抜本的な対策を打ち出せず、目的を達成できなかった日本原子力研究開発機構を、原子力規制委員会関係者は切り捨てた。今年3月に規制委が認可したもんじゅの廃炉計画で は、作業は大きく4段階に分かれている。第1段階の201822年度は、使用不済み燃料530体を炉心や不 一時保管先の炉外燃料貯蔵槽から取り出し、燃料池(プール)に搬入。技術力があるとされる職員でチームを編成し、不透明な冷却材ナトリウムで覆われ目視できない作業を遠隔で行う。(略)」(2018730日西日本新聞)

「研究用原子炉との位置付けから、商業用原子炉と異なり、文部科学省の所管となる。」Wikipediaとあります。文科省はなにかと問題が多いですが、政策を推進した当時の政府の責任も大きいのではないか。壮大なムダの見本では。


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# by kibouh1 | 2018-10-04 06:18 | 原発 | Comments(0)

「最後の敬礼」

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2018727日西日本新聞の戦争体験記事からです。

「最後の敬礼に 涙も拭かずに 89

特攻出撃を見送った日 鹿島灘から吹く風まだ肌寒き昭和203月末。第6航空軍所属の常陸陸軍教導飛行師団。飛行場の一隅で出陣式。白いマフラーの飛行服姿も凛々しき若鷲8人。 1年先輩15期生篠原伍長ほか18歳の面々。師団長加藤少将に出陣の申告。その名 も第61振武隊。 片道分の燃料と爆弾を積み、沖縄への特改作戦。動揺の色もなく、眉宇に固き,決意の表情。前夜宿舎を訪問、訣別の面会。みな真剣な面持ちで遺書の執筆中。 後輩の来訪を喜び「おう17期か、後は頼むぞ」と笑顔に握手。「食え」と特別給与のようかんを差し出す瞳は潤んでいた。見送る者すべてと滂沱と流れる涙を拭きもせず、万歳万歳の連呼口を真一文字に引き締め、最後の敬礼をする彼らを前にしたとき、私はこの世の神を見た。

それから1カ月後の4228日、薄暮どき、沖縄本島周辺洋上で敵艦に体当たり散華す。あ 悼むべし。戦禍に没せし軍民多数のみ霊よ。今はただ不戦の誓いも新たに、鎮魂と冥福を祈るのみ:合掌。」

「色が刻々変化ピンクの雲に 87

中学3年になると、熊本県荒尾市の陸軍造兵廠荒尾製造所(火薬製造)に勤労動員された。学生寮は市外の丘の上にあった。戦局は逼迫し、敵機B29の大編隊は必ず夜間に襲来。焼夷弾を雨霰と落とし、眼下の大牟田市(福岡県)は大火災となった。学生寮付近のカライモ畑にも落下し 油脂が飛び散り、燃え上が り、必死で消火した。 昭和2089日午前11 時ごろ、丘の上の天空が突然パッと光った。稲光で はあり得ないと思い、島原 方面を見ると雲が異様に盛り上がり、見る見るうちにキノコ形に変わった。色は刻々と鮮やかな、超きれいなピンク色に変わっていく。その鮮烈な印象はいまだに脳裏から消えない。当時は特殊爆弾、落下傘爆弾とうわざされていたが、この1発で長崎市街が一瞬にして灰じんに帰し、大多数の死傷者を出す地獄絵図を現出したことを、当時だれが想像できただろうか。」


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# by kibouh1 | 2018-10-03 06:23 | 平和を | Comments(0)

水俣病の歴史にも

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「吉永小百合さん「日本も核兵器禁止条約に賛同を」 | NHKニュース」という。頼もしい。

「コラム 春秋

 水俣病の事件史には国ぐるみの欺瞞(ぎまん)、あるいは策謀とも呼べる期間がある。患者発生の公式な確認は1956年。早くからチッソ水俣工場の工場排水が原因に疑われていながら、国が正式に断定するのは68年に至ってからだ

▼この12年の間、有毒な廃水は流され続ける。工場はひそかに排水口を変更したため、被害は不知火海沿岸一帯に広がった。厚生省(以下、いずれも当時)は工場が発生源と指摘したが通産省は強く反発。排水を規制しないばかりか、徹底して企業の擁護に回った

▼なぜか。経済企画庁の幹部は後年、本紙の取材に答えている。「みんな知ってたんだよ、原因が工場排水にあることは。しょうがなかったんだ」。対策を求めた水産庁の課長は関係省庁の会議で諭された。「一言で言えば工業立国だよ」

▼時は高度経済成長期。業界トップのチッソ工場の操業規制は、国内の産業全体に重大な影響を与える恐れがあった。「人命より経済優先」。早期終息も可能だったはずの水俣病は、高度成長の犠牲になって拡大した

▼68年9月26日、国は水俣病を公害認定する。チッソが原因物質を生み出したプラントの操業を終えたのは、その数カ月前。「政府は製造の終了まで待ってやった」。そんな見方もある

▼2度の「政治決着」を経たが、今も健康被害を訴え救済を求める人は絶えない。取り繕いか。混迷、切り捨てか。この半世紀を何と呼ぼう。=2018/09/25付 西日本新聞朝刊=」

疑いをもった段階での対応があれば、こんなに被害が広がらなかったかもしれないのでは。


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# by kibouh1 | 2018-10-02 06:54 | 水俣 | Comments(0)

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新聞の投稿欄からです。

「誰が掃いたか「魔法の道」は 66歳

私はいつのころからか 「魔法の道」と呼んでいる。道の駅の横にある50メートルほどの歩道。以前はトイレもあり、空き缶やパンの包みなど、ごみが放り込まれて汚かった。明らかに捨てた物 だった。 それがいつを境に分からないが、きれいになった。 美しくなった。落ち葉の季節には落ち葉まできれいに掃かれている。しかし、その姿を近くに住む私は一度も見たことがない。だから私は、この道を「魔法の道」 と呼んでいる。(以下略)」(201875日西日本新聞)

年をとるということは経験したことのない状態に遭遇しなければなりません。予測ができない状態です。次のような意見を若い人は感じることは難しいと思う。

「生きるという荷を背負い  80

人生はもう少し長いものだと思っていたのに、80歳になって初めて肉体の限界を感じた。これから先、自分の体が元気になるわけもない。毎朝起きて思うことは、今日もまた生きねばならぬという重荷である。人生100年という最近の流行語を聞くと、腹が立つ。その無責任なデータは、 人間であるべきコシディションを無視したものである。自分で働くこともできず、延命治療をし、ベッドの中にいる人たちが人生か100年の中に含まれているのである。私はまだ両足で歩くことができ、頭もほうけていない。1人住まいではあるが寂しいとか孤独を感じたことはない。 最近は高齢の著者の物が多く本屋にある。皆同じ内容で買う気もしない。数年前、ある外国のどこかで身分証明書が必要なことに出合い「私の顔が身分証明書だ」と言ってやったら、OKと言って事が片付いた。高齢者になると、人が信じられる顔になることは、その人の生き方の履歴書であることは間違いない。」(同前)


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# by kibouh1 | 2018-10-01 06:06 | 高齢者 | Comments(0)

産むことの軽視か

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新聞の投稿欄からです。

「明日はわが身 迫られる備え  71

6日午前3時すぎ、枕元のラジオから緊急地震警報が流れ、目が覚めた。娘が住む北海道に激しい揺れが襲い、慌ててテレビをつけ た。9年前、結婚と同時に新築された2世帯住宅には家族6人が暮らす。さまざまな場面が想定され胸は早鐘を打つ。娘にメールすると、同時に娘からメールと電話。皆無事との声に胸をなでおろした。水道とガスは通じても電気の復旧に2日間要し、冷蔵庫内の食品をかなり処分したとか。10日には小学校も認定こども園も再開し給食も12日から普通に戻ったそうだ。落ち着いた生活に戻りつつあるようだが、綱渡りの電気事情。余震を思うと気が抜けない。北海道地震では40人を超える方が犠牲に

なり、先の見えない避難生活を強いられる方々のことを思うと胸が痛む。日本列島には無数の活断層が走る。筑紫野市まで走る警固断層もいつ動くか分からない。「明日はわが身」の備えが迫られる。」(2018925日西日本新聞)

同感ですが、それでも準備をしないのは、自分所はという思いがあるのでしょう。

風向計814日はこう始まります。

「『わたしのおなかはわたしのもの。』1970年代の西ドイツで妊娠中絶合法化を求める運動のスローガンとなった言葉だ。本来、個人の判断に委ねられるべき「出産」を国家がコントロールしようとすることへの反発は、大きなうねりとなった。 日本の一部の国会議員は、出産を「国家のため」と捉える感覚が拭えないようだ。」

国家のために産めよと言うのは戦時中に強調されました。

「少子化主因は子育ての重責 82

風向計「あなたのおなかは」(814日付)は、為政者の少子化に関する見当外れな発言をただしていた。女性の立場から私見を述べたい。私と同世代には「いき遅れ」を恐れた親の思惑で、しぶしぶ結婚した女性は少なくない。友人は女ばかり 5人の子を産んだ。婚家か ら跡取りがないと嘆かれ、 6人目にやっと男の子を授かった。人口はこうした女性たちの結婚、出産で維持された面もある。しかし、誰かを犠牲にすれば必ず反動がくる。少子化は産む機械扱いされた女性たちの反乱ではないか。もし私が50年遅れて生まれ、自由な生き方を選択できる現代を生きていたら、結婚はしても出産はどうだか分からない。子育てには 重い責任と、あらゆる点で 自己犠牲を伴う。今の社会 環境下で、その負荷に耐え

る自信がないからだ。 少子化の主因はこの面倒な責任回避であって、経済的負担は遠因にすぎない。万が一、育児費用と学費を国が全額負担しても、目覚ましい効果があるとは思え

ない。」(同前)


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# by kibouh1 | 2018-09-30 06:54 | 支え合う社会に | Comments(0)