気ままなつぶやきです


by kibouh1

お知らせ


お知らせの次からが投稿です
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# by kibouh1 | 2018-12-31 09:17 | Comments(0)

被爆体験者と被爆者

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武家政権は「幕府」だったかと思っていました。

「平家は幕府ではないのか

幕府について長々と説明してきた。いいたかったのは、幕府とは自明の存在ではなく、近代歴史学が誕生した頃、征夷大将軍の共通性で一括りにされた武家権力であったが、それらが存在していた同時代には、一時期の例外を除きいずれも幕府とは呼ばれておらず、実態()としては征夷大将軍ぬきでも説明可能な政権だということである。そこから導かれるのは、たとえ首長が征夷大将軍になっていなくても、幕府と呼べる武家権力がほかにもあるのでは、という自然な疑問である。江戸幕府と同じく「公儀」と呼ばれた豊臣政権などは、幕府とされてもおかしくないと思う。 ところで、コロンブスの卵のような話であるが、平家の政権と鎌倉幕府には意外に多くの共通点がある。すなわち平家は、京都鴨川東の六波羅を拠点として、諸国御家人に国家の軍事・警察の仕事を勤めさせていた。」(『武士の日本史』)

呼び方の問題では最近こんな判決がありました。

「私は被爆者」安堵一転 一審の認定取り消された大町さん 「同範囲なのに体験者、なぜ」

 「被爆者として認めてほしい」-。大町リキ子さん(85)の病床からの願いは届かなかった。国による機械的な被爆地域の線引きに一石を投じた「被爆体験者」を巡る一審長崎地裁の判決は、10日の福岡高裁控訴審判決で取り消された。大町さんは一審が被爆者と認めた10人の1人。司法が一度開いた救済の門戸は再び閉ざされ、入院先の長崎市内の病室で肩を落とした。

 73年前の8月9日、12歳だった大町さん。爆心地の約8・5キロ東、旧矢上村の自宅で閃光(せんこう)を感じた直後、爆風で吹き飛ばされた。翌日、父親と一緒に爆心地近くの城山町の親戚宅へ。叔母といとこの遺体をリヤカーに乗せて自宅に戻り、火葬した。自宅の周りは数センチの灰が積もっていた。灰で汚れた井戸水や食べ物を口にしたので、下痢や高熱に苦しんだと考えている。

 成人してから慢性肝炎と診断され、下血などで入退院を繰り返してきた。それでも、長崎市への被爆者健康手帳の交付申請は却下された。当時の市の行政区域を基に定められた「被爆地域」は南北約12キロ、東西約7キロの楕円(だえん)状。自宅は爆心地から半径12キロ圏でも被爆地域の外側だった。「体験者」とされ、医療負担で被爆者と差があり続けた。

 「隣の地域の人は手帳がもらえるのに…。不合理で不平等だ」。第2陣訴訟の原告団(161人)の一員となった。2016年2月の一審判決は被爆による健康被害の独自基準を示し、大町さんら10人を被爆者と認めた。指定地域外の人に手帳交付を認める初の司法判断。「これで、被爆者として十分な治療を受けられる」と安堵(あんど)した。(以下略)=2018/12/11付 西日本新聞朝刊=」

機械的に国が定めた楕円形の範囲で決められた「被爆者」。この無茶ぶりはなんとかならないか。


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# by kibouh1 | 2018-12-16 06:52 | Comments(0)

責任を感じた人たち

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「 防衛費総額、5年で27兆円へ(共同通信)」と自衛隊の予算拡大に軍事産業は喜んでいるのでしょうが、トランプ氏の喜び方が分かりやすい。

 政治資金と言う公金の帳簿処理を何度も変更しなければならない人がいて、議員本人に責任感がないのはどうしたことか。

「コラム 春秋

 旧日本海軍の連合艦隊司令長官だった山本五十六の遺髪が…と過日の本紙にあった。海軍中将だった堀悌吉(ていきち)(大分県杵築市出身)の遺品の中から見つかった。死んだら届けるよう軍に頼んでいたらしい

▼遺髪は山本の写真と額縁の間に保管されていた。2人は海軍兵学校の同期で、首席で卒業した堀を山本は盟友とした。堀は自衛戦争は否定しないが、戦争は基本的に悪と考えていた

▼米英との戦争に反対した山本が、戦端を開く任を負わされるに至るずっと前に堀は予備役にされてしまう。軍を追われた堀と手紙で親交を続けた山本は、開戦2カ月前に「現在の立場は誠に変なもの也」と書き送っている

▼始めた戦争を早く終わらせようとした一人に、海軍大学校を首席で卒業した海軍少将高木惣吉(熊本県人吉市出身)がいる。海軍大臣の密命を帯びて想を練ったりした。山本、堀と同様に海外にいた経験から欧米事情に明るかった

▼戦艦大和と運命を共にした第2艦隊司令長官伊藤整一(福岡県みやま市出身)もそうだった。撃沈される前に乗組員には退避を命じ、艦隊で約1700人が生き残った、とノンフィクション作家は伝える

▼伊藤の故郷では、しのぶイベントや顕彰活動が広がりを見せている。高木には人吉市の高木惣吉記念館で、堀には大分市の大分県立先哲史料館で接することができる。郷土の先人を通して語り継ぐ戦争は、記憶に芯が入る。=2018/12/09付 西日本新聞朝刊=」


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# by kibouh1 | 2018-12-15 06:41 | 社会 | Comments(0)

「筑紫峠」の悲惨

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2018112日西日本新聞の戦争体験投稿欄からです。

「小倉軍需工場日田市に疎開 89

神社の境内に立つ石碑に、次のような文字が書いてある。「小倉陸軍造兵廠本部終焉の地日田市周辺昭和20815日」。従業員の鎮魂の誠意を含め 以下略。

昭和196月、米軍B29爆撃機が北九州工業地帯を初めて空襲した。以後、日本本上空襲が激化した。軍需産業の拠点であった八幡製鉄所、小倉陸軍造兵廠などへの空襲が続いた。軍は工場の疎開を決め、山間地の日田が選ばれ移転工事を始めた。 山腹に横穴壕を掘り、兵器製造、部品工場など付近にはバラック建ての従業員宿舎が立ち並び、すべての工事には地区人、動員学徒、女子報国隊、さらに兵役免除者などが遠近問わずに働かされた。父は50代。住居は熊本県境にあり、日田まで往復50キロの道程を徒歩で早朝出発。帰宅は日が暮れてからであった。」

「遺体は白骨化筑紫峠の地獄 96

ビルマ(現ミャンマー)で菊隊が最も悲惨を極めた脱出路「筑紫峠」。あの峠を生き延びた人のすべてが、生きる限り忘れることはないであろう。地獄絵図、約9カ月のフーコン作戦。 撤退路は敵に遮断され約6 00メートルの山頂に伐開路を造った。 患者を先頭にした山越え は、雨期のため伐開路が膝まで没する泥と化し、思も 絶え絶えとする幾百の患者 群。うじ虫の死骸、白骨化 した遺体、白骨街道と化した「筑紫峠」は地獄の針の山であった。 「水をください、水を」。水をほしがる患者の願いを無視して通る私たちも衰弱。 ただ気力だけで山砲を分解して背に負う身には、他人を助ける余力はなかった。インパール作戦に惨敗した153個師団の生き残りが後方に撤退するまでは、フーコン作戦死守の命令に従い、最後尾で撤退するわが菊部隊。「筑紫峠を越えるまでは」と希望の灯を消され戦没した戦友の霊を弔う者は、私一人になった今日である。」

「私を守るため体張った両親  78

福岡大空襲で先祖伝来の屋敷が焼失し、かわいい盛りの弟は薬もなく急性腎臓炎で死んだ。近所の人が首がぶら下がった赤ん坊を背負ったまま、奇声を発して目の前を走っていった。8人家族は食料難。かわいが っていたウサギを知らぬ間 においしいと食べていた。幼心に悲しくても泣けない 日々が続く。 農家に米、芋を分けてもらいに行った。母の着物と交換するのだ。樋井川(福岡市)の土手で、後方の空路から低空の飛行機が現れた。母はとっさに雨で割れた土手に私を押し込み畑の芋づるを引きちぎってかぶせ、母の体が私を覆った。

銃口を私たちからそらすため、父が手を振りながら空を見上げ離れていく。 「お父さぁん、伏せてえ !絶叫する母。飛行機は父のわずか40センチ横を連打し、ゆっくり遠ざかった。走って戻った父に「笑いながら撃ってたんですよ。良かったあ」。母の大きな泣き声を初めて聞いた。体を張って私を守ってくれた両親の深い愛を、今も忘れはしない。」


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# by kibouh1 | 2018-12-14 05:27 | 平和を | Comments(0)

戦争の足音が

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新聞の投稿欄からです。

「脱脂粉乳給食 思い出は深く  76

北尾トロさんのコラム(文化面に掲載)は毎日楽しみに読んでいる。17日付の脱脂粉乳のことでした。北尾さんによると、脱脂粉乳を飲んだのは1949年から60年代後半に小学生だっただけらしい。私の入学は48年。思い出して残っているのは小学6年生。当時は食糧難時代。わが家も毎日がサツマイ、うどんなどの麺だった。学校でのバンや牛乳は珍しく、おなかを満たしてくれた。

しかし、中には脱脂粉乳を嫌いな人もいた。その日、私は以給食当番でした。少し裕福な家の子がいて、脱脂粉乳を多く入れたと言ってほうきを持って追いかけられた。そこに割って入ったガキ大将の子が私をかばい、ほうきを持った子に立ち向かい黙らせたことがあった。(以下略)」(20181025日西日本新聞)

脱脂粉乳は戦争や戦後の貧しさとつながります。

だが、そうした体験が軽んじられる風潮はどうしたことてじょうか。

「戦争の真実を 語り継ぎたい  86

13日付の本欄で轟木さんの「戦争の体験本 なぜ継承せず」を拝読しました。私は今年7、こだま欄に朝鮮からの引き揚げ体験を投稿し、掲載されました。それを読んだ友人から、この本「あれから七十三年/十五人の戦後引揚体験記」をいただいたのです。むさぼるようにして一気に読みました。大粒の涙が出ました。福岡市教育委員会は、この本の寄贈を受けないと言っているようです。たとえ本に蔑称の記載があったとしてもこれが真実なので)す。私たちは真実を語り継ぎたいのです。なぜこうなったのか?当時の時代背景も含めて、[次世代の人々に考えてほしいのです。

この本に体験記を寄せられた15人の方々と、編さんに当たられた方々に敬意を表します。」(同前)


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# by kibouh1 | 2018-12-13 06:19 | Comments(0)

日産のルーツは

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コストカッターが大事にされ、利益至上主義になったのだろうか。グローバル化とした経済では利益が至上命題なのか。

「コラム 春秋

 福岡県苅田町に生産拠点がある「日産」は九州にも縁の深い自動車メーカーだ。そのルーツが九州にあるのはご存じだろうか

▼後に日産コンツェルンを築き上げる実業家鮎川義介が1910年、現北九州市戸畑区に創業した東洋初の可鍛鋳鉄製造会社「戸畑鋳物」がそうだ。日立金属の前身でもある

▼戸畑鋳物は31年、初の国産自動車メーカーの流れをくむ「ダット自動車製造」を傘下に入れ、自動車産業に進出。33年、自動車製造会社を設立し、翌年に社名を「日産自動車」に改称。同社の「ダットサン」は人気を博し小型車の代名詞になった

▼誇りある「ダットサン」を21世紀に復活させたのがゴーン社長(現会長)だ。「日産の伝統であり、信頼性のあるしっかりしたブランドである」と。その伝統と信頼を自らおとしめた。高額な報酬を過少に偽って有価証券報告書に記載させた疑いで逮捕された

▼経営危機の日産を再建し、ルノー、三菱自動車との提携で世界屈指の自動車グループに君臨したゴーン氏。そのおごりからブレーキが利かなくなったか

▼鮎川は「俺は絶対に金持ちになるまい。だが大きな仕事はしてやろう」と言った。東京帝大卒業後、学歴を隠し職工として下働きをしたのも「自らの体で技術を習得したい」と考えたからだ。現場を何より大切にした鮎川の思いは、検査データ不正など不祥事が続く「技術の日産」に受け継がれているか。=2018/11/21付 西日本新聞朝刊=」


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# by kibouh1 | 2018-12-12 06:51 | 経済 | Comments(0)

手書きで

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ソフトバンクの回線不良でキャッシュレスの支払いなどができなくなり、IT化の弱点をさらしています。官公庁のデータの粗雑さに驚き、データなき社会になっている。この間に「秘密」に指定した文書が増えているという。

 年賀状の季節です。パソコンのソフト使用したものがほとんどですが、私は下手な字で送ります。粗雑すぎるのであきれられているように思いますが、年を重ねて枚数も減ってきたのもあります。

「コラム 春秋

 「夢をかなえる」「人生を変える」「未来を開く」…などの宣伝帯が付いたものが目立つ。この時季、書店に並ぶ来年の手帳や日記帳類。少し大げさな誘い文句だが、“手書き文化”が健在なのはうれしい

▼高度成長期のように黙っていても暮らしが上向く時代はとうに過ぎ去った。一獲千金をうたう投資話などは怪しい。地道に目標を定め、日々の出来事などを丹念に記しながら努力を重ねる。そんな世相の表れか

▼文具店も書き入れ時。クリスマスカードや年賀状をしたためるペンや筆を新調する人は多い。今の時代、スマホやタブレットなどが手帳代わりになるし、文章の送信も簡単だが、どこか味気ない

▼手書きの文字には筆者の人柄や心境がにじむ。微妙な筆づかいや筆圧に、含意があったり、複雑な思いが込められていたり。読者から頂戴する手紙やはがきをしっかり読み込むのも記者の務めだ

▼少し気掛かりなのは郵便事情。日本郵政が土曜の配達休止を国に願い出た。人手不足による現場の負担は深刻といい、働き方改革の狙いもあるようだ。手書き文化の衰退につながらなければいいが…

▼ちなみに来年の干支(えと)は亥(い)。日本をはじめ大国の指導者を見ると、独善的なスローガンで改革に走ろうとする“猪突(ちょとつ)猛進”型が目立つ。民意を読み違えているなら危うい。彼らの性癖に拍車が掛からぬよう、年が明けぬうちに、そこはくぎを刺しておきたい。=2018/12/04付 西日本新聞朝刊=」


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# by kibouh1 | 2018-12-11 05:50 | 支え合う社会に | Comments(0)

国民の暮らしは

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師走に20度の日があるなど異常気象に違いない。

「コラム 春秋

この冬はどこかおかしゅうござんすね…。あの紋次郎も長いつまようじを口にしながらつぶやいているかもしれない。関東でこの風が吹かないまま師走を迎えるのは39年ぶりという

▼木枯らし1号。西高東低の気圧配置に伴って北から吹きつける毎秒8メートル以上の寒風のこと。気象庁が毎年、関東と近畿で第1波の訪れを発表している。関東は10月半ば~11月末、近畿は二十四節気の霜降-冬至の間が観測期間とされ、近畿で先日1号が発表されたが、関東への到来は遅れた

▼木枯らしと聞くと、身震いしてしまうが、ドラマの中の紋次郎はそれほど冷たい男ではなかった。天涯孤独の無宿渡世人。故にクールでありながらも、恩義を感じれば一肌脱いで弱きを助け強きをくじく

それに引き換え、今の永田町、とりわけ与党の面々はどうか。外国人技能実習生ら弱い立場の労働者が寒風にさらされていても、国民の間で暮らしを憂えるさまざまな声が広がっても、どこか高ようじ

▼暖冬とはいっても、この1年を振り返ると、豪雨、猛暑、台風禍、大地震と列島は災難の連続だった。肉親らを失い、生活再建の見通しが立たないまま年の瀬を迎える人も多いのに

▼あっしには関わりのねえことでござんす…で済ますわけにはいくまい。紋次郎も捨て置けないだろう。臨時国会も会期末が迫ってきたが、まだ論じるべきテーマはたくさんある。そうじゃござんせんか。=2018/12/01付 西日本新聞朝刊=」

自慢の株価はアメリカのくしゃみで下落。リーマンショック並なら消費増税は検討するとしたが、莫大な防衛費のつけ回しなど予算規模は拡大するばかり。増税と値上げは庶民の暮らしを直撃。鉄道運賃などの値上げが発表されています。次世代につけ回しの予算でいいのか。


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# by kibouh1 | 2018-12-10 05:17 | 高齢者 | Comments(0)

原発依存では

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「老後の1日は大事にしよう 82

今年の猛暑に高齢者は体力を消耗してしまった。涼しい季節になり、高齢者には食欲の回復、健康の回復、そしてスポーツを楽しむ季節の到来です。世界保健機関は、健康状態とはいかなるものかを定義して「七つの条件」を挙げているという。①何を食べてもおいしい②よく眠ることができる③すぐに疲れを覚えない④快い便通がある⑤風邪気味でない⑥体重が変わらない⑦毎日が楽しく明るいーの七つ。もう一つ加えたいのは歯の健康である。このうち一つでも欠けたら「不健康」ということになるが、老人たるもの「肉体的には健康で、精神的に 皆は幸福で、社会的には世のため人のために役立つことができる状態」を維持しな

ければならない。(以下略)」(20181024日西日本新聞)

今年の夏の暑さには参りました。師走になっても25度というのは体が対応できません。そして、自然エネルギー発電の買取価格を下げて原発を推進しようという姑息な仕組みが進められています。

「九電出力制御すべきは原発 61

九州電力は電力供給過剰による停電を防ぐため、太陽光発電など再生可能エネルギー事業者に稼働停止を求める出力制御を実施した。地震が起きた北海道や、台風被害のため停電が発生した地域に比べ、九州電力に余裕があることは、大変恵まれた状祝だ。ただ供給過剰の要因が川内、玄海の原発の稼働にあるとすれば、おかしな話ではないか。熊本地震の際に最も危険視されたのは川内原発だったことは記憶に新しい。玄海原発に万一事故が起こった場合、福岡都市圏まで放射線被害の危険にさらされるとされ、安全である保証はない。電力供給が過剰であれば、出力停止すべきは原発 であることは間違いない。」(同前)


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# by kibouh1 | 2018-12-09 06:21 | 原発 | Comments(0)

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下記の引用は一部ですので全文は西日本新聞のHPでご覧ください。

「永田健の時代ななめ読み 野糞のごとき君であれ

最初に読者の皆さんに、二つほどお断りしておきたい。第一に、今回の見出しの冒頭にある単語は「野菊」の誤植ではない。

 第二に、今回はこの単語が頻繁に出てくる。あまり美しい言葉ではないが、ご容赦いただきたい。

   ◇    ◇

 本田靖春(1933~2004)は、新聞記者からノンフィクション作家に転じたジャーナリストだ。(略)

 本田の批判の矛先は、弱者を踏みつけにする権力と、そこにすり寄る報道にも向けられる。権力と報道の関係を描く「不当逮捕」は戦後ノンフィクションの最高峰の一つと評される。

 その本田は、強者と向き合う自分の姿勢を「野糞(のぐそ)精神」と書き記している。

 「野糞は、それ自体、立ち上がることはできず、まして、相手に飛びかかって噛(か)みつくなぞは絶望的に不可能である」

 「でも、踏みつけられたら確実に、その相手に不快感を与えられる」

 せめてそれぐらいの存在になれ-と、本田は後輩たちに語っていた。それにしても強烈な例えである。(略)

 長期に及ぶ安倍晋三政権下でメディアの二極分化が進んでいる。一部のメディアは政権称賛を繰り返し、それが世論の一定の支持を得ている。何しろ記者会見で官房長官に食い下がる記者がネットで攻撃されるご時世なのである。

 渡瀬さんに「本田さんの『野糞精神』って、もう古いんでしょうか」と聞くと、「永田さんはどう思います?」と問い返された。

 私は本田の言葉を反芻(はんすう)する。古くない。こういう時代だからこそ、ますます重みを増している。講談社は来年から同社のノンフィクション賞に「本田靖春」の名を冠するそうだ。

 今の新聞は、当代の権力者にとって「野糞」の存在感を保っているか。12月4日は本田の命日だ。私は心の中で「野糞忌」と呼ぶ。本田は怒るだろうか。(論説副委員長)=2018/12/02付 西日本新聞朝刊=」

講談社ノンフィクション大賞では城戸久枝『あの戦争から遠く離れて』が印象的でした。中国残留孤児の父は特異な帰国をしていきます。「野糞忌」は執り行われたのでしょうか。


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# by kibouh1 | 2018-12-08 06:45 | 社会 | Comments(0)

貧困な時代に

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次の新聞の投稿に深く頷きました。

「志ある若者が学べる制度に 66

手元の資斜を見ると、昭和47(1972)年の大卒初任給は54千円。国立授業料は年間36千円とります。私立大は年30万円でした。その国立大授業料は昭和51年には96 千円。その後値上げは続き、 平成15(2003)年には 50万円。私立大は約100 万円となりました。 昭和47年当時は、大卒初任給の1カ月程度で国立大なら授業料が払えたのです。それは教育にとって極めて重要で、家計に余裕はなくとも学力と志さえあれば国の最高教育を受ける門戸は開かれていたといえるでしょう。現在はどうでしょう。努力し、国立大に合格しても授業に専念できず、アルバイトに心身をすり減らす学生が多数います国は教育が「国家百年の大計」というのであれば、 奨学金の増額などと小手先の議論ではなく、志ある学生が胸を張って入学できる学校、教育制度を提起する義務があると私は思います。文部科学省官僚のあきれるばかりの不祥事が続きました。未来を担う若者を託すには心もとない思いです。」(20181017日西日本新聞)

私の少年時代、1960年ごろのことです。中学を卒業し高校進学の時期勧められたのが、少年自衛隊、企業内養成学校、国立の専門学校でした。基本的に授業料免除か、低額でした。今は、国立大学も負担が大きい。教育にお金をかけない国になった。


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# by kibouh1 | 2018-12-07 06:21 | 教育 | Comments(0)

お互いの工夫で

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いろんな人の意見を尋ねねば知恵があるものですね。

「(声 どう思いますか)10月24日付掲載の投稿「車いすパパの希望かなえたいが」

20181128日朝日新聞

 ■車いすパパの希望かなえたいが 保育士 43歳

 私は子育て支援施設に勤務しています。先日、親子で遊べるスペースに車いすのパパが入りたいと希望されましたが、私は受けることができませんでした。

 子どもにとって車輪は魅力的で、手を伸ばす可能性があります。ハイハイの子との接触で危険が生じることもあります。ハイハイの子専用コーナーもありますが、歩ける上の子と一緒の時は一般スペースの利用をお願いしているからです。

 また、スペースは土足禁止ですが、車いすは外と室内の兼用でした。車輪を拭いたらいいですかと尋ねられましたが、衛生上すぐに受けることはできませんでした。

 車いすをおりられた場合のサポートを考えていましたが、パパから申し出がなく、体の状態を把握していないので、こちらから声をかける勇気はありませんでした。

 パパは、スペースの外からお子さんを見ておられました。パパの希望を受け、お子さんと一緒に過ごしてもらいたい。でも、正直どうしたらいいのかわかりません。 (10月24日付掲載の投稿〈要旨〉)

    ◇

 ■役割や注意点教えれば大丈夫 保育士 53歳

 私の勤務する保育園は、地域の子育て支援もしています。車いす利用の職員がおり、バリアフリーの車いす用トイレがある子育て支援室で働いています。

 幼い子どもが車いすを目にした時、まずはじーっと観察します。突進してケガをしたケースはありません。話が理解できる子どもたちに対しては、車いすの役割や注意点を教えていけば良いのです。

 タイヤが子どもの足や手を踏まないように、操作者本人と周囲の大人が気をつければ、まず事故は生まれません。

 ハンディキャップを抱える人はたくさんいて、不自由さをカバーする道具もいろいろ。身近なメガネもそうで、外してと言われると困ります。車いすも線を引かずに自然な形で、利用する親子が同じ空間にいられるよう環境を整えられると良いですね。パパの希望をかなえることはそう難しいことではないと思います。

 ■解決策いろいろ、車輪カバーも  会社員 38再

 私は車いすユーザーです。投稿を読んで感じたことをお伝えします。

 外と室内兼用の車いすで外出すると、入れる場所とそうでない場所があります。じゅうたんや畳は車輪跡や落ちた砂の掃除が難しいですが、フローリングのようにあとで掃除しやすい場所なら、車輪を拭いて入れることが多いです。

 タイヤの大きさに合わせて、布でタイヤを覆うカバーを作ったという車いすユーザーの話を聞いたことがあります。移動はしにくくなりますが、タイヤごと覆って室内に入るのは一つの解決策です。スポークにカバーをかぶせれば、子どもが触る危険を回避することもできます。

 パパさんの体の状態を聞いて、いすに移動してもらう方法もとれると思います。保育士さんとして気になる点をお伝えして、パパさんと一緒に解決策を見つけてみてはいかがでしょうか。(以下略)」


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# by kibouh1 | 2018-12-06 06:11 | 支え合う社会に | Comments(0)

心病む兵士

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20181130日西日本新聞の戦争手記からです。戦後も入院を続けた人が最近までいたという記事を読んだような記憶があります。

「精神病む兵士 胸がつぶれる  64

20年近く前、当時高校生だった息子から手紙をもらった。学校の課外活動の一環だった。たった2枚の短い手紙。武骨な字で「生まれてよかった」と書いであった。 反対に「何のために生まれてきたのか、分からない」 と言う言葉がテレビから耳に入ってきた。戦時中に精神を患った兵士たちの「病床日誌」記録のドキュメンタリーだった。 和菓子職人だった青年は訓練で持ったこともない銃を渡され、恐怖心から神経を病んだ。終戦になっても、家族も引き取れない状況。以後60年も続いた隔離。今もなお病床日誌を研究している方がいる。彼の父親も戦争で神経障害を起こし、晩年まで苦しまれた。亡くなる前は戦争の記憶がよみがえり・・・。和菓子職人だった青年。お姉さんが彼を見舞った。その帰り「あの子は何のために生まれてきたのだろう」とつぶやいた。私の心が泣いた。」

「粗末な防空壕そばに焼夷弾  79

私の戦争の思い出は怖い、恐ろしい、ひもじいに尽きます。昭和208月の敗戦。私 は国民学校1年生でした。 終戦前は空襲が激しく、特に福岡・大牟田は軍需工場が集積していたため、何度も空襲を受げました。授業中でも、空襲警報のサイレンが鳴ると、授業は

即中止。上級生に連れられ、駆け足で一目散に自宅に飛んで帰り、防空壕に飛び込みました。防空壕といっても、映画とかで見る、あんな頑丈で立派なものではありません。形だけのお粗末なもので、焼夷弾の直撃を受ければひとたまりもあ りません。1度だけ、私たちが避難した防空壕のすぐ そばに焼夷弾が落ちたこと があります。怖くて生きた心地はしませんでした。幸い誰もけがをせず本当に良かったです。もう戦争だけはごめんこうむりたい。」


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# by kibouh1 | 2018-12-05 06:28 | 平和を | Comments(0)

民間賛美は

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民間だったら良いとする発想で福祉の現場も開放された。そして、水道も身売りするという。そして、今国会で決めるという。だが、民間企業の相次ぐ不祥事。民間信仰は危ういのに。

「(声)命の水、利益の具にしてよいか 75歳 20181130日朝日新聞

 電気やガスは料金滞納ですぐ止められるが、水は多少の猶予があるようだ。理由はいくつかあろうが、何といっても水の断絶はたちまち命に関わるし、その供給事業が公営であるからなのであろう。

 自然災害があったり事故があったりして、たちまち窮するのが水である。これは生きていく上で代替のきかない必需品である。だから、その間断ない提供は政治の最大の責務の一つである。

 その水。公営から民営へと門戸が開かれるという。なんたることか。公というのは、利益優先ではことを進めないという契約ではなかったか。これが民となれば経営者の利益や採算優先ということになってしまう。憲法25条2項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と書かれている。

 国民全体の命と健康を守ることが政治の一番の仕事である限り、およそ国民が選択の余地のない生活必需品を、利益の対象としていくことは決して許されるべきではない。水は太古より「命の水」であったのだから。」


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# by kibouh1 | 2018-12-04 05:50 | 政治・行政 | Comments(0)

柳川がにぎわっているが

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「コラム デスク日記

 福岡県を代表する観光地である水郷・柳川。今、かつてないにぎわいを見せている。2017年の柳川市の観光動態調査によると、観光客数は前年比10万2400人増の141万8400人で、統計を取り始めた1969年以降最多。名物川下りの乗客も最多の42万8388人だった。

 好調な柳川で「一人負け」の施設がある。市出身の詩人北原白秋の生家・記念館だ。昨年の観光客のうち、24万5359人と前年から倍増した外国人はめったに足を運ばない上に、教科書への白秋詩歌の掲載減による若者の「白秋離れ」が背景にあるという。

 白秋と、盟友の作曲家山田耕筰との友情を描いた映画「この道」が来年1月に全国公開される。白秋は大森南朋(なお)さん、耕筰はEXILEのAKIRAさんが演じる。若者への訴求力は大きく、ファンが映画ゆかりの地を訪ねる「聖地巡礼」は起きるか。市は生家入館者数のV字回復に期待している。 (森竜太郎)=2018/11/06付 西日本新聞朝刊=」

白秋の映画に期待したい。白秋の生家はずいぶん昔に行ったきりです。西鉄は来年春には観光列車を走らせるという。柳川の勢いは続くでしょう。白秋生家も。


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# by kibouh1 | 2018-12-03 06:14 | 社会 | Comments(0)

廃棄物はどうする

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新聞の投稿欄からです。

「 大量の廃棄物埋設する不安 79

本紙8231面トップ記事には驚いた。「ベトナム枯れ葉剤成分の除草剤」が福岡県を除く九州の 6県の20カ所以上に埋設されているというのである。 奇形を生じさせる恐れが あるとして、海外で問題になったため使用を中止し、 国有林の地中に埋めたという。林野庁は「地中で安定状態にある」と言うが、専門家は「有害物質が周辺に出る恐れもあると言う。製造にも処分にも多大の費用がかかっただろう。他の農薬処分法を参考にした というから、他にも同様の 例があるかもしれない。既に私の知らない危険な物が 日本のあちこちに埋められているのかもしれない。-同じことは原子力発電の廃棄物の処分にもいえる。

日本原子力研究開発機構は、低レベル放射性廃棄物を収めたドラム缶数百本を環境技術センターの敷地内に埋設するそうだ。処分先は決まっていないのに、これから全国の原発で廃棄物は大量に発生する。各原発の敷地内で埋設する流れが 加速しそうだという。地球 を汚す負の遺産を将来に残 さないでほしい。」(2018926日西日本新聞)

私達が知らない埋蔵された廃棄物があるのかもしれません。そして、原発の廃棄物の処理は次世代に丸投げするのでしょうか。


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# by kibouh1 | 2018-12-02 05:42 | 原発 | Comments(0)

独立機関の看板は

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日本銀行・会計検査院も独立機関という看板だと思う。

「<会計検査院>森友問題、地元から憤り「幕引きさせない」

森友学園が小学校の建設を目指していた国有地。建物は残ったままとなっている=大阪府豊中市で2018年11月22日午前10時32分、本社ヘリから木葉健二撮影

 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る問題で、22日、会計検査院が、追加検査の結果を参院予算委員会理事懇談会に提出した。

 森友学園を巡る問題を追及してきた人らからは「これで幕引きにはさせない」との声があがった。

 当初から問題視してきた地元・大阪府豊中市の木村真市議は「検査結果は踏み込みが浅い」と批判。問題の核心部分である国有地売却の値引きの理由や、政治家の関与が明らかにならなかった点が不十分だと指摘した。

 近畿財務局が大阪航空局に対し、地中のごみの撤去・処分費の見積もりを増額するよう依頼したかについては、明確にならなかった。だが、木村市議は「職員らへの聞き取りなどで細かく調査されている部分もあり、今後も追及できる材料になりそうだ」と期待感を示した。

 一方、決裁文書の改ざんなどを巡り、大阪地検特捜部に告発した上脇博之・神戸学院大教授は「検査結果は腰が引けており、物足りない」と憤る。

「地下に大量のごみが本当にあったかどうかや、値引きの根拠が解明されなかった」と強調。財政法は、適正な対価のない国有地の譲渡を禁じていると指摘し、「法令違反の疑惑はまだ残っている。今後も徹底調査されなければ国民は納得しないだろう」と述べた。【松本紫帆】最終更新:11/23() 1:40毎日新聞 」

日本の組織の仕組みが悪いのか。よく分からないことが多い。


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# by kibouh1 | 2018-12-01 06:05 | 政治・行政 | Comments(0)

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新聞の投稿欄からです。

「戦争の体験本なぜ継承せず  78

921日付朝刊(都市圏版)「引き揚げ体験記寄贈拒否福岡市教委『蔑称記載』理由に」に異議を申します。私は敗戦で朝鮮の京城(現ソウル市)から5歳で引き揚げました。幼い記憶しかありませんが、引き揚げ抜きにして戦争は語れません。本紙こだま欄の「戦争| 次の世代への伝言」は欠かさず読んでいますが、投稿者の話をもう少し詳しく聞きたいと思っていた時、手にした本が、この「あれから七十三年 十五人引揚体験記」です。15人の高齢者の方が最後の仕事として命がけで書かれた本です。本はすでに亡くなった両親兄姉の私への言葉だと思いました。この本こそ次世代の方ヘ読んで継承してほしいと思っていたので驚きました。本には「不適切な表現も含まれるが当時の時代背景を重視して筆者が使用した 呼称を正確に記すよう努めた」とあります。体験者が少なくなった今、大切なことは何でしょうか。本を継承していただきますよう、お願いいたします。」(20181013日西日本新聞)

昔の書き物などには差別的表現は含まれるものだと思います。こじつけのように思います。差別的表現は認識しているが当時のまま掲載しているなど追記することで解決するのではないか。


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# by kibouh1 | 2018-11-30 05:22 | 社会 | Comments(0)

非戦闘員の死は

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新聞の投稿欄からです。

「(声)非戦闘員の虐殺に消えぬ怒り 96歳 201889日朝日新聞

 悲惨な光景が、目に焼き付いて離れない。73年前。長崎への原爆投下時、私は佐世保鎮守府第一特別陸戦隊司令部に所属する海軍中尉だった。連絡任務で本部に呼び出され、飛び乗った汽車の中で見たそれは、粗むしろに横たえられ水を求め喘(あえ)いでいる、原爆にやられた1人の労働者の無残な姿だった。

 逃げるようにその場を離れたが、別の客車では、両目をやられた女学生が「痛いよ痛いよ」と母親らしい人に訴えていた。「もうすぐだから我慢しなさい」というだけでなすすべもない親子を見て、私は天を仰ぎ、怒り、この阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄をもたらした米軍の原爆投下に激怒した。

 戦時国際法にも違反した非戦闘員の無差別大量虐殺。アメリカは人類の歴史が続く限り、この戦争犯罪のためにいばらを背負うべきだと思った。

 ところが戦後、政府もマスメディアからも、こうした声は寡聞にして聞かない。それでは、阿鼻叫喚の中で命を失った多数の霊が浮かばれない。(以下略)」

戦争で犠牲になるのは国民です。先の戦争では結局その責任はあいまいなままでした。再び緊張を演出する人たちに騙されないようにしたい。


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# by kibouh1 | 2018-11-29 06:26 | 平和を | Comments(0)

群れるのは

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いじめの行動の中で集団の同調圧力が働いていると思います。おかしいなと思ってもそのことを言うのには相当の勇気が必要です。農耕社会の伝統的なしばりが強いのではないかという。

「貧しい生産力を基盤とした昔の庶民の生活においては、お互いに支えあって共同的なあり方をしていなければ生活が成り立たなかったのです。ですから伝統的なムラ的共同性は、「出る杭は打たれる」「長いものには巻かれろ」といったことわざが示すような同調圧力が強い半面、助け合うという相互扶助の側面も大きかったのです。

しかし現代におけるネオ共同性の根拠にあるものは「不安」の相互性です。多くの情報や多様な社会的な価値観の前で、お互い自分自身の思考、価値観を立てることはできず、不安が増大している。その結果、とにかく「群れる」ことでなんとかそうした不安から逃れようといった無意識的な行動が新たな向調圧力を生んでいるのではないかと考えられるのです」(『友だち幻想』)


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# by kibouh1 | 2018-11-28 06:55 | 支え合う社会に | Comments(0)